第9話 魔術とは
「それでお母様。少し買い物をしてきたの」
「そうなの。収穫はあったかしら?」
「えぇ、とても。色々な事が分かったり作ったりで私としてはとても満足よ」
食事には少し不便な少し長い金属製のテーブルに、ルカとチェルノ、そしてペパーが談笑しながら食に勤しんでいた。
周囲には複数のメイドがおり、ペパーとチェルノの後ろに二人、そしてルカの後ろにはスクワールだけが立っている。
「とても珍しい格好をしているわね」
「この辺りでは見かけない服でしょう?」
「そうね。ルカに似合っているわ」
セーラー服と白衣をそのまま着ている為珍しがられはするものの、あくまでも異国風の衣服として通す。
「それにしても⋯⋯」
ルカはフォークで野菜を口に運びつつ、夕食のメニューを見る。
温野菜がメインで、保存用に加工された豚肉。元の世界と比べて硬すぎるパン。
全体的に量は少ない為、成長期の身体には物足りなさを感じてしまう。
ただこれも想定内で、この辺りの時代における上流階級では普通だったと記憶している。
「お気に召しませんでしたか?」
「いいえ? 特に何かある訳じゃないの」
スクワールがルカの表情に反応して気にかけるが、ルカが抱いていた印象は特に悪いものではなかった。
(味は物足りないけれど、香辛料は充実していたから使い方次第って感じよね。牛肉は時代的にも流通は少ないだろうし、私が料理を作る時はどうしましょうか)
彼女は料理を作るのが好きなのだ。
あらゆる味が数字の上で成り立ち、甘味や酸味、辛味といった幅広いパターンの刺激、そして人それぞれ違った味覚や好み。
料理の作成から他者に及ぼす反応の全てが、ルカにとっての料理と言っていい。
「塩漬けならパンチェッタかしら。でも少し時間がかかるのよね⋯⋯」
そしてルカか料理を気に入っている点のひとつが、誰でも出来るというもの。
レシピさえ分かれば同じように誰でも作れる。そこに差が存在しないというのが、科学者として感慨深いものがあるのだ。
「さてと。お兄様、お食事が進んでいらっしゃらないけれど、どうかしたのかしら」
「う、うるさい! ⋯⋯お母様! 何故ルカに工房を渡したのですか!」
と、ペパーが叫ぶ。
「それは⋯⋯」
「多分だけど、条件を同じにしたかったのでしょうね」
チェルノが言い淀んだタイミングでルカが口を挟んだ。
「お兄様は炎と風の二属性を扱う事の出来る優秀な魔術師の卵。対して私は魔術は疎か錬金術も扱えない出来損ない。でもお母様は平等にチャンスを与えて下さった。そうでしょう?」
「⋯⋯ええ、そうね」
「改めて工房の所有者を決めるのは、私が育ってからでも遅くは無い。そう考えていらっしゃったのかもしれない。でも」
そそくさと食べ終えたルカは立ち上がる。
「お兄様、私と決闘しましょう?」
「なっ⋯⋯! お前と⋯⋯!?」
「えぇ。お兄様が勝てたら工房は晴れてお兄様のもの」
スタスタと食卓を回りながら、ペパーの元へと向かうルカ。
その仕草にチェルノとペパーは目を奪われていた。
「⋯⋯お、お前が勝ったらどうすんだよ」
「そうね。⋯⋯スクワール、明日の朝食のメインは?」
「はい? ⋯⋯確かアルスサーモンのムニエルだったかと」
「朝から重たいけれど⋯⋯それを頂こうかしら。私が勝ったら、お兄様のメインは抜きってコトで」
そしてルカがペパーの横で止まる。
「それでいいかし⋯⋯」
「ば、バカにしてるのか! 高々その程度の対価で決闘など⋯⋯」
「あら。勘違いしていらっしゃるのねお兄様」
と、激怒し立ち上がったペパーの耳元でルカは囁いた。
「私が"その程度"の対価でいいと言ったのだから、私にとってお兄様との決闘は"その程度"の価値って事よ」
そう言ってチェルノの方へと向く。
「という事だから、お母様から与えられた環境で釣るのは少し心が痛むけれど⋯⋯」
全くの嘘である。
「お兄様が欲しがっているのなら、仕方ないわよね」
「ルゥゥゥゥカァァァァァァ!!!」
挑発にも似たその言葉に対し、更なる怒りを表すペパーだったが、全く意に介さない。
「いいでしょう。⋯⋯食器を全て下げなさい」
と、ここでチェルノが控えていたメイドに命令し、食卓に乗っていた残りの食べ物や食器を片付けさせる。
「決闘は今、ここで行うこと。そして相手を⋯⋯殺さない事」
チラリ、とルカを見たチェルノ。
「あら。昨日まで出来損ないだった私にそんな事出来るわけないでしょう?」
「⋯⋯私はもう貴女を昨日までの貴女と同じと見ていないわ」
「あら。辛辣ねお母様」
「貴女は変わった。世界から逸脱しているような、変な雰囲気があるの」
そして食器を片付け終えたこの部屋には、長い食卓と椅子だけが残っていた。
「私の基本戦術は錬金術だから、コレくらいは使ってもいいわよね?」
トン、と食卓に触れ、球体に圧縮。ソレが浮遊するようにルカの背後で漂っている。
「⋯⋯ええ。構わないわ」
一瞬で巨大な金属テーブルを金属塊に変えた事二目を奪われたチェルノ。
「ルカ様。大丈夫ですか?」
「なぁに? 心配なの?」
「い、いえ⋯⋯そういうことでは⋯⋯」
スクワールの心配は理解出来る。
要するに、銃を使えばペパーは即死してしまう。人体を錬成すれば死んでしまう可能性がある。
要するに『殺し』を縛られたルカの方が不利なのでは無いか、と。
「安心してスクワール。元よりコレは使わないつもりだったから」
そう。その理由は⋯⋯。
「では、始めっ!」
チェルノの宣言と共に、決闘が始まる。
「"
ペパーがルカに手を向けると、魔法陣と共に巨大な炎の槍が生成され、高速で射出される。
「魔術。既存の科学では説明出来ない個人技能」
彼女はまだソレを理解していなかった。
それ故に知りたかったのだ。
そして魔術を使える人間が目の前にいる。なら、それをしない理由はない。
迫り来る炎の槍をその瞳で捉え、観察。
「へぇ。そういう事」
そして思考を巡らせ。
「ちょっとだけ分かったかも」
その一言と共に、炎の槍は虚空へと消えた。
「は?」
「魔術は、射出後は既存の物理法則に囚われる。炎の槍を形成し、射出する過程においては何故出来るのかは分からないけれど⋯⋯」
一言で表せば。
彼女は怪物だ。
「その速度で飛翔して尚も炎が消えないのも不思議だったけれど、謎は解けたかも。まあ試行回数を重ねないと分からないことはたくさんある」
地球において、様々な神秘を解き明かしてきた、未知を壊す者。
「でも。これで私が負ける可能性は限り無くゼロになった」
ルカは指を鳴らし、複数の氷の槍を虚空から生成。
「おい! なんで、お前が魔術を使えるんだよ!」
「しかも、数十の"
「空気中の物質を錬成して氷を形作る。そしてソレに掛かるエネルギーを錬成して中和する事で待機状態にする」
この時代、この文明においてはあまりにも早すぎる解釈。
「そして射出時は、中和に回していたエネルギーを全て前方へのベクトルに変換する」
手順を説明するように言葉を紡いでも、彼らがソレを理解できる訳が無い。
その理論その解釈そのやり方。全てが彼らにとって未知なのだから。
数十もの氷の槍は弾丸のような速度でペパーの元へと向かい、串刺しに仕掛けたが。
「ひいっ!」
運良く回避し、背後の窓ガラス全てが粉微塵になる。
「錬金術、やっぱり使い勝手いいじゃない」
浮遊している金属から一本の槍を生成。
「空気中の電気物質を調節して⋯⋯はい」
その槍は電磁加速され、音速を超えた速度でペパーへと放たれる。
そして反応すら出来ないまま。
右腕を消し飛ばし、衝撃と轟音でレシーア邸を揺らす。
ペパーの腕だったものが血飛沫として辺りに広がり、手を狙ったとはいえそのまま腕が消滅していたというのは単なる事故。
「やっぱり人に向けるものじゃないわよねこれ。⋯⋯米国の秒速二千kmのモノには劣るけれど、対人なら十分戦力として使える技ね」
トントン、と歩きながらペパーの方へと向かう。
「ねぇお兄様? 魔術を使って欲しいのだけれど?」
「⋯⋯いっ、いっ、うてっ!うで!うでがないいっ!」
「はぁ⋯⋯」
そのままペパーに触れ、血管を繋いで傷口を修復。
痛覚神経を弄り、痛みを止める。
「はっ⋯⋯えっ⋯⋯? なんなんだよ、なんなんだよお前!」
「お、に、い、さ、ま! 対戦相手に一々治療させないで頂戴?」
ペパーは腕を失い、思考は恐怖に支配されていたのだがルカからしてみればいい迷惑である。
折角決闘で魔術の研究をしていたのに、という思考。
つまり今のペパーはルカにとっての被検体。勝手な行動は彼女にとってもあまりいい事では無い。
「そこま⋯⋯!」
「お母様っ!」
その言葉が放たれる前に、ルカは触れている空気を操作しチェルノの声を塞ぐ。空気が無い為声が届かず、息も出来ずにその場で喉を押えてしまった。
「私はまだ満足していないの。魔術を知りたいの。だから早く立って」
そう見下ろしながら、ルカはペパーに言葉をかける。
「あなたの行動次第で、人類は新たな一歩を踏み出すまでの時間が短縮される。だから早く、早く魔術を使って頂戴?」
ルカの真意が、そこに込められていたような気がする。とスクワールは思ったが。
「ぁぁぁああああっ、お望み通りにぶち込んでやるよぉぉぉぉああああ!」
血相を変えたペパーが次なる魔術を放とうとする。
「ふぅ、助かるわ」
至近距離で、回避出来るかも怪しいような距離。
それでもルカは。
「本当に、助かるわ」
妖しく笑っていた。
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