第8話 スクワールの独白

 


「ねぇスクワール! 錬金術を使えばこの石を金に変えられるんだって!」


 レシーア邸から見える草むらの中。そこには金髪の少女とメイド服を着た少女が冒険をしていた。


「ル、ルカ様⋯⋯」

「なに? どうしたの?」

「どうして⋯⋯私を⋯⋯」


 流れてきた奴隷でも家族セットで安く売られていた為、チェルノが購入。まだ十歳ながらも様々な仕事を任せられるようにはなったが、元奴隷ということで他のメイドからはあまりいい目で見られていなかった。


「だって、一番近い女の子がスクワールなんだもん」

 まだルカは五歳。二つ上に兄、そしてその上の姉は既に学校の寮で生活している。

 兄との仲はあまり良くない為、スクワールがこうして外に連れ出されていた。


「私は魔術を使えないけど、そのぶん錬金術は頑張るんだ!」


 ルカはむむむ、と石に力を込めるものの変化せず。

 ふぅ、と脱力してスクワールの顔を見る。


「あんまり難しい事はわかんないけど、大きくなったらスクワールと一緒に⋯⋯」




 そしてその翌日。



 チェルノに呼ばれ、ルカの専属になったスクワールが地下に行った時。



「あなたは⋯⋯」



 ルカを見た彼女は、気が付いてしまった。


 自分が知っているルカでは無いという事に。


 太陽のように暖かい笑顔は消え、全てを凍てつく瞳で覗くその姿は、五歳の少女が浮かべるものでも、優しかった主人が持つものでもなかった。


 世界の異物。そんな雰囲気がルカを包んでいる。


 だからスクワールは改めて名乗った。


 そして、元々失敗続きだった錬金術で、人の身体すら自在に操り。


 見たことも無い武器で躊躇いも無く他者に傷を付ける。


 だから、彼女は元のルカだとは思わないことにした。



 従者と主人。そこだけは徹底し、己の目的を果たす為に。




 ---



「んむ⋯⋯」

 ガタガタと揺れる馬車が止まり、ルカの意識が覚醒する。

「お目覚めですか」

「えぇ。この歳で変な寝方をしたら成長に支障が出そうね」


 うぐぐ、と背伸びし、小さな欠伸をひとつ。

「さてと。全部運びましょうか」

 そう言って金属の塊に触れ、テキパキとパーツを形成。


 取っ手や小さなタイヤ、必要な箇所をゴムに変えながら生まれたのは二つの台車。

 そしてついでとばかりにレシーア邸の玄関前にある小さな階段の形を変え、台車で入りやすいよう坂にする。

「さぁ運びましょう。結構箱があって大変だから頑張りましょう?」


 ルカはスクワールに購入した材料を運ばせ、地下への階段の半分を坂に変えたところで箱の中から一本腕を取る。

「そこそこ時間が立っているはずなのに⋯⋯まだほんのり暖かいのね。既に機能は無くても、さっきまで機能していたと?」


 そんな疑問を抱きながら馬車へと戻ると、一人の男が立っていた。

 ルカとは歳が近そうな貴族風の服を着た、少し筋肉質な金髪の少年。身長は高くは無いものの、美形の顔立ちだと言っていい。


「ルカ⋯⋯!? なんだその服は⋯⋯! それにこの荷物! まさかまた勝手に⋯⋯」

「あなたには関係無いでしょう? ペパー御兄様?」


 ペパー・レシーア。ルカの兄であり、魔術師として才のある存在だ。

「なっ、おにっ!?」

「今日からお勉強しようと思って。魔術、錬金術、歴史、文化。あらゆる分野の研究をね」

「ハッ、お前が?」


 と、ペパーは笑う。

「魔術の才能が無い奴が、魔術の勉強したって無駄だろ! だいたい錬金術だってろくに出来ないだろうが!」


「ルカ様⋯⋯」

「スクワール。あなたは残りのモノを運んでおいてくれる?」

「かしこまりました」


 ちょうど別の箱を運び終えて戻ってきたスクワールが心配の視線を向けたが、すぐに作業に戻される。

「奴隷上がりに、出来損ない。いいコンビじゃないか」

「まあそうね。スクワールは何も無いもの。魔術も錬金術も使えない、互いに出来損ない」


「分かってるな、ルカも奴隷上がりも所詮⋯⋯」

「じゃああなたは何が出来るの?」

「⋯⋯あ?」


「あなたは何が出来るの? 魔術? 錬金術? それとも別の何か?」

 これは純粋な疑問。聞く人が聞けば煽りなのかもしれないが、彼女は特にそんなに意図は無い。


 彼女はそういう人間だ。疑問に思った事を突き詰めようとする。


 それが当然だと言わんばかりに、よく地雷を突いてしまうのだ。


「そうやって他人と比べる以上、あなたは然るべき何かがあるはず。でも私の記憶にソレが無い以上、疑問を浮かべるのは当然の事」

 ルカはそう言って台車に戻ろうとするが。


「だったら⋯⋯」

 ペパーの顔には血管が浮かんでいた。

「ここで試して見るか!?」

 煽りにも似たその言葉に怒りを顕にしてしまう。


「⋯⋯私の悪い癖ね。前に言い方が悪いと怒られたのに」

 そのペパーを見て昔の同僚を思い出し、小さく笑う。

「何笑ってんだよルカァ!」


「あらごめんなさい。少し昔のことを思い出しちゃって。私もまだまだ完璧にはいかないのね。要するに、あなたは格下だと思っていた私に煽られた事に対して気分を害したと。だから今ここで決闘をしろと? 私は特に⋯⋯強いて言うなら面白そうくらいしか⋯⋯」


 そして思考すると、ひとつやり残した事があったと思い出す。

「魔術を使った戦闘。魔術師の相手はしていなかったかしら」


 ルカは口に人差し指を当て、決断する。

「御兄様、この後お時間はある?」

「は? ⋯⋯もうすぐ晩御飯だろ。そのあとだったら⋯⋯は、まさか、正気か?」

「そうね。その後でいいかしら。御兄様の魔術をこの身で実感しようと思って」


 この世界の魔術をルカは知らない。

 科学的に解明できるものなのか、それとも独自の法則かあるのか。


 少なくとも彼女は魔術を奇跡やオカルトのような脈絡の無い超能力だとは思っていない。

 超常の力にも、それ相応の法則があると彼女は考えている。


「まあ、その前に夕食にしましょう。モノも運ばないといけないし」

「ルカ様。そちらは全て運び終わりました」

 と、いつの間にか後ろに立っていたスクワール。


「そう。ありがとう、私は工房にいるからご飯が出来たら呼んで頂戴」

「かしこまりました」

 そう言ってルカがその場を去ろうとすると。


「おいルカ!」

「御兄様? 先程約束は立てたと思うのだけれど」

「そうじゃない、工房だ! もしかして地下工房の事か?」


 ペパーが気になったのはそこである。

「えぇ。優しい御母様で助かったわ」

「⋯⋯ふざけるな! 何故出来損ないのルカが⋯⋯何かの間違いだ!」


「そう思うなら食事の時に御母様に尋ねてみたら?」

 御立腹のペパーはぷんぷんと怒って何も言わずにレシーア邸へと戻って行った。


「御兄様は情緒不安定なのかしら」

「ルカ様が落ち着き過ぎているだけかと」

「そうかしら」

 そう言って最後の荷物を馬車から回収する。

 ソレは元々着ていたワンピースだった。


「あら。私の服が気になるの?」

「それは、まあ。見慣れないお召し物ですので」

 ポケットに入っていた小さな石を取り出す。


 手に持つその石の重さやその材質を触感で把握して宙に放る。

「少女には少女らしい格好を。まあ白衣はご愛嬌って事だけど。変じゃないかしら?」

「とてもお似合いかと」


 そして、スクワールは馬車を所定の位置に戻しに行き、ルカは地下工房へと戻る。

「重力は地球と変わらないのね。まあ詳しく測るには色々と機材が欲しいのだけれど」


 ルカは先程石を使って重力を測定していたのだ。

 重力が地球と同じだと仮定して測定した結果なのだが、ルカは今後上手く役立てたいと考えている。


「さてと。調べる事が山積みね」

 工房に戻ったルカは購入した様々な物品を覗く。

「ガラスや金属、綿、そして被検体。色々あるけれど⋯⋯」


 そう呟きながら鉄をメスや鑷子類等の器具へと錬成。

「水は⋯⋯何も言ってなかったけれど、ちゃんと買ってきてくれたのね」

 ガラス材を取り出しペットボトルに変化させ、更に水を考えうる全ての雑菌をアルコールに錬成し、その後水をアルコールに錬成。


 出来上がったアルコールは、二リットルペットボトルになみなみと注がれている。

「次は⋯⋯顕微鏡が欲しいかも」

 そう言って材料からテキパキと作り出して行く。


「私は専門家では無いけれど⋯⋯構造を理解していない訳じゃないの」

 あっという間に顕微鏡、手術台、多数のガラス容器、謎の溶液等。電気が必要の無い上に使いそうなものを錬金術を活かして生成し続ける。


 そしてある程度作り終えると、今度は被検体の身体を弄り始める。

「はいはい動かない動かない。まあ神経機能は錬金術で止めているのだけれど」

 錬成術を利用して上手く出血しないよう眼球を取り出してじっくり観察したり。


 手足から血液を採取し、顕微鏡で観察。

「倍率が足りない⋯⋯それに暗いし⋯⋯電源が欲しいわね」

 血液を採取した被検体の右手の指を全て錬金術で取り外し。

 指二本で電池を二つ。

 そして残りの腕と指でデスクライトを作り上げる。

「血液はちゃんとこっちに保管、と」


 何故か血液だけはルカの錬金術で作り替えることが出来ない為、ガラス容器で保管。


「ただいま戻り⋯⋯まし、た」

「あら、遅かったじゃない。もう晩御飯かしら?」

「いっ、えっ、その⋯⋯」


 室内に充満した噎せ返るような血の臭いは、慣れていないスクワールの思考を揺らす。

「ちょうど分かったことがあって。あなたにも伝えておこうかと思っていたのよ」

「っ、うぇっっっっ⋯⋯」


 そして耐えきれなくなったスクワールは、その場で胃の中の全てを零してしまう。

「まあ、慣れてないとそうなっちゃうわよね⋯⋯」

 と、ルカは面倒くさそうにスクワールに近寄り、吐瀉物に触れる。


 その瞬間、吐瀉物は全て一点に収縮し、気化してしまった。

 更についでのように周辺の血臭を消滅させ、フローラルな香りに変化させる。

「あまり空気を変化させるのは研究的にも良くないのだけれど⋯⋯誰かを招けるような空間じゃないのは問題よね」


 そして最後にスクワールに触れる。乱れた思考や脳波、神経から内蔵に至る全てのパラメータを錬成で整え、コンディションを元に戻す。

「あ、ありがとうございます⋯⋯」

「私もお腹がすいたのよね。早く行きましょう?」


 何事も無かったかのように階段を上がるルカを見たスクワールは。


「わかりました」


 どこか遠くを見るような目をしていた。



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