第7話 決闘文化を楽しもう!
「ルカ様、これは⋯⋯」
「コレの試し撃ちだったのだけれど⋯⋯」
スクワールが合流し、武器屋の地下へと赴いた二人。
そこは地下のクラブのように広く、中央に作られたステージのような場所で、一対一での戦闘が行われていた。
何十人もの観客がおり、派手に盛りあがっている。
「おっ、ルカ。待ってたぜ」
「待たせちゃったわ。それで、ルールは?」
ルカはスクワールを待っている間に作成したホルスターを腰に装着していた。
「お国が定めた決闘準拠だ。魔術アリ、武装アリでなんでもいい。敗者は
「決闘⋯⋯」
瑠楓の居た日本には決闘罪というものがあった。
それ故にあまり聞き慣れない単語だった為、少し考えを膨らませる。
「おっ? 怖気付いたか?」
「いえ。決闘について考えていただけよ。そういった法則が定められているのなら、何らかの背景がある訳でしょう?」
とはいえ、歴史を知らない彼女が考えても仕方が無いと、切り替える。
「こっちとしては特に問題は無い。試し撃ちだけだから、相手に約束を⋯⋯いえ、そうね。私がいいと言うまで協力する事、かしら。それとひとつ聞きたいのだけれど」
と、試合が終わった中央のステージを見ながら尋ねる。
「相手を意図せず殺しちゃった場合は?」
「まあ、あんま良くねぇよなぁ。でもソッチは貴族の法で守られてるし、気にしなくてもいいぞ。特にここはアンタの領地。平民を殺してもなんかある訳じゃねぇ」
「そう。それなら気楽にやらせてもらうわ」
そう言って店主から紙を受け取り、名前だけを書いて渡す。
すると、ルカの脳に何かチリチリとした反応が生まれる。
「余っ程の自信があるんだな。割り込みで試合を入れたから次だぜ。ステージに上がってくれ」
その紙を受け取った店主はルカをステージに促し、観客席へと向かった。
「ねぇスクワール? 私は今から殺し合いをするつもりなのだけれど、あなたは止めないの?」
「⋯⋯私にルカ様を止める権利はありませんので」
「そう」
ステージの階段を登りながら周りを見渡す。
ステージ下にはスクワール。
そして辺りには興味深そうにルカを見る観客。
「男女比率は七対三。若い世代は特に十代、二十代前半みたいな人が多い、と」
明確に法で示されている以上、文化として浸透していることがよく分かる。
「おいおい、次は何処のお嬢様だぁ?」
「シケた試合だったらおしりペンペンだなぁ!」
怒号が飛び交う中、ルカは手品師のように右手を握り締め、手を開く。
するとそれぞれの指の間には、雑に削られた鉄の塊が現れ、もう一度握り、手を開くと、鉄の塊が四つの銃弾に変わっていた。
「スクワール」
「はい」
ステージ下のスクワールを一瞥するルカは。
「あなたは戦えないの?」
「⋯⋯そう、ですね。私は魔術の性能も錬金術の才能もありませんから」
そのスクワールの表情は、どこか寂しそうだった。
ふぅん、と考えていると、対戦相手が現れる。
「は? オレの対戦相手がガキとか聞いてないぞ」
店主以上の大柄、そして格闘家のようなタトゥーに似た何かが上裸に装飾されている男が上がってくる。
「まあいい、ガキだろうがなんだろうが⋯⋯」
「まだかしら」
そして、男が上がった所で大きな声が響く。
『さて、お次のカードはァ! 闘技場二十連勝! アルスマキナの怪物! 拳で全てを粉砕する大男! サラザン!』
その声と共に、うおおおお! という声援が上がる。
「マイクの効果を持った魔術? ジャンルとしては風⋯⋯いえ、雷かしら? まあどちらでもいいのだけれど」
『対するはァ! ご存知この都市の領主、レシーアの血を引く者! まだ少女だが、実力は如何に? ルカ・レシーア!』
ルカの紹介が終わると、どよめきと共に困惑が会場を包む。
「は? なんで貴族の娘なんかがここに来てんだよ」
「いいでしょ。文化体験よ」
と、短い会話を終えた後。
『さぁ! 決闘を始めよう! 決闘前の約束は絶対遵守! とはいえ互いにシンプルな内容だから割愛だァ!行くぞォ!』
ガチャリ、とルカはホルスターの拳銃に手をかける。
「私はガンマンでは無いけれど」
一言呟き。
『決闘開始!』
司会の声が響き渡った瞬間。
ドパン、という狂気的な爆発音と微かな火薬の匂いを撒き散らし。
「早撃ちくらいは出来るの」
サラザンの左肘から下が消し飛んだ。
「あ? は? あぁぁ?」
サラザンは状況を理解出来ず、困惑。
左腕からはダラダラと鮮血が零れ、ステージに血溜まりが生まれる。
会場の空気が凍り、ルカの手にある拳銃に目が向けられ。
「っぁったっ、ああぁぁぁぁぁぁ!!!?」
そして理解に至ったサラザンは顔を青く染め、最初の強気が無かったかのように恐怖の感情に支配される。
そして対するルカはと言うと。
「拳銃のパラメータさえ分かれば、発砲時の衝撃は大抵分かるから、そこから負荷を錬成すれば、中和出来る。いいわね、錬金術」
そして傷口を残っていた右手で抑え、下がろうとしていたサラザンに向け、二発発砲。次はその押えていた右手と、右太ももを綺麗に撃ち抜く。
右手が撃ち抜かれ手首から下が後方に吹き飛び、太ももの肉片が弾けるように飛び散る。
「肉体の強度は地球人類と変わらない。魔術のひとつくらい使って欲しいのだけれど⋯⋯」
シリンダーをカコンと外し、薬莢を取り出し、弾丸を装填。
「うん。リロードはバッチリね」
更に発砲。この時点でサラザンの戦意は消え失せていたが、ルカには関係ない。
両肩を撃ち抜き、更に腹部を撃ち抜く。
狙いは綺麗に内蔵をすり抜けるように撃ったが、マグナム弾の衝撃によって結局は弾け飛んでしまう。
「がっ、もっ⋯⋯こう、さん⋯⋯」
血液が喉に詰まり、声が出ないサラザン。
「そう。約束通り、最後まで付き合ってもらうわよ」
「⋯⋯!?」
そして再び銃口を向ける。
「私の約束はいいと言うまで協力する事。死ぬまで付き合ってもらうわよ」
「っ⋯⋯」
「銃弾も狂い無く飛んでくれればいいのだけれど、この身体じゃまだ慣れなくて」
再びリロードを行い、発砲。
「試し撃ち、付き合ってちょうだい」
その言葉に感情は無く。
ただ結果のみが知りたいと言いたげな表情をサラザンに向けた。
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「結構いい感じね」
「ご満足頂けたようですね」
馬車に乗り、帰路に着いた二人。
「えぇ。少なくとも私が知っている物理法則と相違ない。それがわかっただけでも、これから先が違うわ」
そしてもうひとつ。
「魔術、錬金術、錬成。これらは私の知る物理法則とは乖離している。いえ、推測の域を出ないと言うべきかしら」
それらをスクワールに聞かせたところで、何かが変わる訳では無い。
「随分と難しいことを考えていらっしゃるのですね」
「そう? 難しいかしら?」
ルカは様々な材料が入った木箱の隅に寄りかかりながら、その場で虚空からコインを生成する。
「当たり前の事を当り前だと断じず、そこに意味を見出し、疑問を抱く。それが科学よ」
チン、という金属の甲高い音を立てたコインは馬車の中で弾かれ、空へと投げ出され、虚空で回転しながら止まり、ルカの手元へと戻ってくる。
「何故コインが跳ねるのか。何故コインが空中で勢いを失うのか。何故コインがそこから落ちてくるのか」
ニュートンはリンゴが何故落ちてくるのか、という疑問を抱き、研究の末に万有引力の法則を見出した。
「その当たり前に疑問を抱いた偉人が居た」
些細な疑問、日常で無意識に抱く当たり前。
それらが時に世界の核心に迫る程の偉業へと変わるのだ。
「ソレは様々な分野で活躍する事になった。たった一つの疑問によって、その後の世界が大きく変わった瞬間よ」
勿論、彼女はそれに対して若干の反論がある。だが、この場には必要のない言葉だ。
「だから何事にも疑問を抱くようにするのは、結構いい事だと思うの」
ルカは天幕の間から遠くの空を見る。
地球とあまり変わらない夕方の空。沈みかけた恒星と、月に似た衛星。
ここまで環境が類似した星は中々ないとルカは考える。
元の世界では、星々は文字通り無限に等しいと言っていい程の数があった。
確率論で言っても、無い話では無いと考えていい。
「なら⋯⋯」
そして、馬車を引いていたスクワールが面持ち深く問を投げかける。
「空の色は、どうして変わるのでしょう?」
「光の当たり方よ。一応天文学に入るわのかしら?今沈む恒星、名前は知らないけれど、あの光は細分化されて七色に分けられる。恒星の位置によってどの色がより多く届くか、の違いね。虹を見た事があると思うけれど、その輝きはそれぞれの光の屈折率の違いから起こるものなの」
「⋯⋯どうして雨は降るのでしょう?」
「蒸発された水が空で冷やされ凝結するから。水って放っておいたら蒸発するでしょう? ソレって比較的軽いから空に昇っていっちゃうの。それが雨となって降ってきて、循環する。機会があれば詳しく話してあげる」
「⋯⋯⋯⋯どうして、人は死ぬのでしょう」
「生物学? それとも哲学? 私はどちらでもいいのだけれど?」
スクワールの言葉の間には、奇妙な間があった。
「お話しやすい方で」
「そうね。生物学的な話をするのなら、老化かしら。ナイフやこの荷馬車のように、使っていればいずれ壊れる。道具とは違って身体そのものをメンテナンスできる訳でもないから避けられない」
そして一言空けて。
「哲学的な話をするとしたら、始まりがあれば終わりがある。ある人が、死を実感出来なければ生を実感できない、と言っていた。自論だけど、終わりがあるからこそ、その中でより良い生にしたいと思えるんじゃないかしら。まあ、これも詳しく聞きたいなら時間がある時に話しましょう?」
「⋯⋯⋯⋯どうして」
「?」
「⋯⋯⋯⋯どうして、身分の格差は生まれるのでしょうか?」
「人類学の話? それとも心理学? 私は心理学の方が得意なのだけれど」
「⋯⋯ではそちらで」
「そうねぇ⋯⋯人は必ず誰かと比較したがる。他者と比べて、自分の方が優れているのだと実感したがる生き物なの。根底はそこ。人種や生まれを見て『彼らは私よりも劣っている』と考えたいのでしょうね」
「⋯⋯」
「どうかしら。ある程度の疑問には答えてあげたと思うのだけれど」
と、楽しそうに笑顔を向けるルカだったが。
「正直、言っている意味はあまり理解出来ませんでした」
「あら⋯⋯」
教える才能ないのかしら、結構分かりやすかったと思うのだけれど、と落胆する。
「ただ、幾つか分かったことがあります。ルカ様は昨日までのルカ様では無い、ということです」
「そうかしら」
「ルカ様はそんな言葉遣いをしません」
怒りも無く、悲しみも無く、そこには事実だけが含まれていた。
「それでも、貴族という立ち位置のルカ様が、身分についての質問に答えて下さった事には驚きましたが」
「だって私はあくまでも平等よ。それに、他人と比べるなんて時間がもったいないもの。そんなもので自己を満たす、なんて実にくだらないわ」
彼女を満たすもの。
この状況そのものが彼女にとって、幸せでしかない場所なのだ。
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