第5話 錬金術を使って戦闘してみよう!

 


 洋服屋を出てすぐ。大通りに向かう途中。

「動くな」

 ルカは背後からの気配に気が付くことは出来なかった。

 冷たい声と、刃物が首に当てられるその感触で、ルカは自身の置かれている立場を悟る。


「何かしら?」

「ルカ・レシーアだな。こっちに来てもらうぞ」

「⋯⋯こんな人通りの多い所で誘拐だなんて。随分大胆なのね」

「バカなのか? 魔術も知らないガキが、護衛も連れず一人でノコノコと出歩くとか余っ程⋯⋯」


 その言葉でルカは答えに辿り着く。

 恐らくこのナイフは魔術か何かのトリックによって他者から隠されている為、この状況を他人から見つかることは無い。

 きっと他人から見ればここで立ち話しているように見えているのだろう、と。


 そして自分をルカだと認識して襲いに来た。暗殺では無いとしたら、誘拐の可能性が高い。

「このルカ・レシーアをどこへ連れていくつもりかしら?」

「喋るな。そのまま右に見える細い路地があるだろ。そっちに行け」


 と、背後の男が言う。

 予想外の事態に陥った時、まずは冷静で居ることが大切だと言うことは知っている。

 そのまま男の誘導に従って歩いていくと、他四人のフードを被った男が立っていた。


 全員黒いポンチョを着ており、いかにもといった人物達である。

「オイ、ホントにこのガキがあのレシーア家の令嬢だってのか?」

「依頼主が言っていた特徴と一致している。それに先程自分でもレシーアの名を名乗っていた。確定だろう」


 相変わらず首元にナイフが当たっているが、特に気にすることも無くルカは口を開く。

「ねぇ、今から私をどうするつもり?」

 その言葉を向けたのは横に立っている男ではなく、正面の男。

 

「あ? ンなもん決まってる。テメェは人質として捕らえて、レシーア家と交渉すんだよ。で、ありったけのカネを⋯⋯」

「嘘。依頼主、なんて言葉が出ている辺り雇われた傭兵に近いのかしら。となると⋯⋯」


 ルカは軽く思考する。

 そして、刹那の時間で解に辿り着いてしまった。

「⋯⋯そうなると、時間の無駄かしら。嘘つきはどこまで行っても嘘を吐く」


 はぁ、と一言ため息を吐いたルカは。


「私は兵士では無いけれど、それなりに心得はあるの」



 首元に当てられていたナイフを払い除け、させる。



「は?」



「さてと。丁度いい機会かもしれないわね」


 ふう、と息を吸い込むルカ。


「レシーア領。つまりは私の領地に住む者なら、私の所有物、って事でいいのかしら。いえいいでしょう。それなら、どれだけ実験しても構わない、という事ね?」


 呆気に取られたナイフを持っていた男の、その右腕に優しく触れる。

 そして、次の瞬間。



 ぐしゃぐしゃ、ぐちゃり。ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ!



 そんな音と共に。



「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"」



 男は悲鳴を上げた。



 右腕は雑巾を搾った時のように萎縮し、爆ぜた骨の先端が幾つも剥き出しになって肉を貫き、白と血が混ざったような歪なモノが顕になった。



 靭帯すら貫き、血管や神経細胞をグズグズにミキサーしたような惨状。直接的な痛みに襲われた男は、その場に倒れ、のたうち回り、涙を浮かべ、限界まで叫んだ。



「なるほど。神経や痛覚を変化させずに身体の一部を錬金術で変形させるとこうなるのね」


「な、何をした!」


 周囲の男達が狼狽えるようにルカへと問い掛ける。


「いや、今口に出したと思うのだけれど⋯⋯。物質の形状変化。他者の肉体も対象に取れるのかなって思ったのだけれど⋯⋯」


 そう言って、ルカは地面に倒れ伏す男の頭に触れる。

「成功ね。人の体内構造を理解していれば、こうやって人体も錬金術の対象になり、動かせる」


「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ、---」


 そして、叫んでいた男はその声を発せなくなり、訳の分からない感覚と共にのたうち回っていた。


「声帯を変化させれば、声は出なくなる。これも成功ね。この世界の人間の体内構造が同じかどうかも分からないから、持ち帰りたい所だけれど⋯⋯まあ五人もいれば問題無い」


 ルカはそのまま倒れ伏す男の肉体を変化させる。いや、残った手足を取り外す。

「肉体の形状変化や物質変化を上手く使えれば、傷口も塞ぎつつ手足を削いで拘束も出来る。即興にしては中々上手いんじゃないかしら?」


 その断面からの出血は無く、しっかりと肉に埋もれ、蓋がされていた。

 残った手足を外す時、しっかりと肉体の構造を血液が循環するように造り替えたのだ。


 苦悶の表情を浮かべ、唾液をダラダラと零して藻掻く男だったが、それに困ったような顔を向ける。

「⋯⋯唾液の量が多すぎると、布で包んで持って帰る時に窒息死されそうで嫌なのよね⋯⋯」


 水に漬けた布を顔に被せる事で呼吸ができなくなる拷問を思い出しながら、どう造り変えようか悩んでいると。

「て、テメェ!」

 背後から別の男が殴りかかってくる。


「あなたの筋肉量を今の私でマトモに受けるのは少し厳しそう」

 勿論、相手の動きを計測し、あらゆる数値を導き出せば簡単に止める事は出来る。


 ただ、ルカにとってこの場は実験場。


 分かっていることを態々するつもりは一切ない。


「拘束一択かしら?」


 男の拳は、ルカの顔面に直撃する寸前で止まる。

 まるで見えない壁がそこにあるかのように、止まりはするが、何かを殴ったという感触はない。

 いや、無かったと言うよりも、痛みを感じる前に。

「!?」

「物質の形状変化、固体としてそのままにしておくことも出来るのね。ちゃんと使えば、形状変化から形状操作に変わる」


 戸惑いで拳が宙に止まっていたままの男に、ルカは右手の人差し指と中指で優しく触れる。


 そして、次の瞬間。



 その男は全身の細胞をグズグズに破壊され、全身を雑巾のように絞られた上に圧縮。サッカーボール程度の球体へと変えられてしまった。


 ボールからは血液が溢れ、一瞬にして無理矢理構造を造り替えられた結果、全身の血液が余すこと無く血飛沫として辺りに散る。


「ヒッ」

「あっ、あぁっ⋯⋯」

「⋯⋯!」

 その液体が様々な場所に付着した残った男達は、既に腰が抜けてしまって立てずとも、後ろに下がってルカから逃げようとする。


「⋯⋯血液だけ圧縮出来なかった。何故? 他は全て操作出来たのに。ああ、あなた達も逃げないでくれる?」

 今起きた事象に疑問を覚えつつ、人間の形をしていたボールをサッカーのように蹴り飛ばす。


 そのボールは放物線を描いて残った男達の背後に落ちる。

 すると、そのボールは細い路地を塞ぐ壁となった。

 もはや人の原型はおろか、細胞も余す所なくコンクリートの壁へと変化していた現象に、ルカは再び頭を回す。


「魔法のように遅れて展開出来るものなのね。物質変化のディレイ発動は、既に触れたものでなければいい、と。器用なのね、錬金術って」

 自身に付着した血飛沫を手で拭い、全て手に付着させる。


「こういう時、物質の操作って便利よね」

 そして液状にした人差し指の血液を舐める。

「⋯⋯ルカ・レシーアの味覚がどうかは知らないけれど、鉄分多めの味。血液の内容物は変わらない可能性がある。まあ、それはいいでしょう」


 そう言って残った男達に近寄る。


「わ、悪かった。悪かったって! 俺たちが悪かった! お前を襲った俺たちが⋯⋯っ---」


 ポンチョのフードを外し、見たことも無い程地面に頭を擦り付けるような土下座でルカに謝罪をする三人のうち一人の男だったが、そんな事に興味も無いように足で小さくつつく。


 その男にルカが施した人体への物質操作は下記の通り。


 声帯の切除。


 手足の分離。


 眼球の強制摘出。


 そして丁寧に地に伏した男の身体をひっくり返し、取り出した眼球を具に観察する。

「パッと見は変わらないみたいね。後で詳しく見るからとりあえず保管しておきましょう」


 そう言って拾った右眼をジャム瓶に変化させ、すぐに左目を入れて蓋をする。

 激痛が四肢や目が合った場所から発しているが、声を出すことも藻掻くことも何一つ出来ない状況の中、彼はソレに耐え兼ねて気絶してしまう。


「私は医者では無いけれど、人の構造については知識があるの」

 残った男は二人。


 二人とも手を挙げ、顔を見せ、ナイフを落としていた。

 お互いヨーロッパ風の顔立ちだが、その表情は絶望と恐怖で染まっており、片方に関しては失禁すらしている。


「それ、意味無いでしょう?」

 トントン、無防備な男二人にルカは触れる。


「私からしたら、四肢をもいだ方が確実じゃない」

 それに気がついた時にはもう遅く。

「まあいいのだけれど。特に手間がかかる訳でも無いし」


 四肢が地面に落ち、ドサドサという音を立てて、人形のようにバラバラとなってしまったが、ルカとしては特にやる事を変えるつもりは無い。

「私はこの世界の人について、知らないことが多すぎるのよね」


 彼らに絡まれた時からの目的はソレであり、犯罪者という『自由に扱っていい検体』を手に入れるにはちょうどいいと考えていたのだ。

「ああそうね、残ったあなた達を殺すつもりは無いわよ。内臓から血液、脳に至るまで使用用途は決めているの」


 ふふっ、と嬉しそうに小さく笑う。


 そして飛び散った血液を錬金術で綺麗に拭き取り、空気から生成した蓋付きの小瓶に詰つめる。

 確保した『検体』はそれぞれのパーツ事に纏めておき、コンクリートの壁を今度は木箱に変え、パーツをそれぞれ詰めていく。


「むっ。足りなそうね。あと、雑にぐちゃっと腕を潰しちゃって悪かったわね。どういう作用があるか見てみたくって」


 と、屈託のない笑顔を最初に捕らえた男に向けた後、グズグズになった腕をもぎ取り、骨と肉を分離させる。

 手足を元の所有者と合わせて木箱に詰めていき、足りなくなったら空気から木箱を生成。


 こうして四つの検体を詰め終えると、分離させた腕を再び元通りにして所有者の元へと戻してあげた。


「戻す事も出来る。錬金術、やっぱり使い勝手がいいわね」


 るんるんと木箱を路地の隅に置き、待ち合わせの場所へと向かう。

「スクワールが来たらコレを回収して撤収しましょうか」


 この戦闘において、ルカが気になった項目が幾つもある。



「いいわね、色々と課題が見えるっていうのは」



 実験し、結果を出し、課題を見つけ、考察し、それを踏まえた上で、また実験。



 それこそ、科学の醍醐味なのだと、彼女は思っている。

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