第4話 文化と物価を調べよう!


 


 レシーア邸は中心街から少し離れた森林の中を入り数十分、レシーア領の中心街が一望できる丘の上にある。


「こうして馬車に乗るって言うのは、何とも言い難い経験ね」

 スクワールが引く荷馬車に乗るルカは、外の空気を吸いながら感慨深そうに呟く。


 マトモな「車」の無いこの世界において、馬車のみが長期の移動手段であり、物を運ぶ為の輸送手段なのだ。

「文明レベルの低さは科学レベルの低さ。まあ魔術をオカルトと認識している時点でお察しと言うべきかしら」


 天幕のある馬車の為、外の景色は見れないが、ソレでも田舎独特の空気は癒しをくれる。

 彼女自身もその空気感は嫌いでは無いのだ。


 ルカは金属のコインを懐から取り出し、ソレを親指で弾く。

「1アルス金貨。コレ一枚で安い林檎に似た食べ物が一つ買えるらしい、と」


 1アルス金貨百円前後。勿論林檎が日本よりも違った相場である可能性もある為一概には言えないが、それで千枚もあれば色々と材料は揃う。


「金貨は地球上にあった金と同じ物質に見えるけど、まあコレも後にしましょうか」


 そしてもうひとつ。ルカが気になっていた事も実験してみる。

「錬金術の本領、見せてもらうとしましょう」

 そう言って、ルカは何か落ちてくるものを支えるように手をかざす。

 すると、突如空気が薄くなるような感覚と共に、キーンと頭に鳴り響く。


 そして虚空から同じアルス金貨がポンと一枚落ちてくる。


「物質変化。形状を操るだけでなく、存在そのものを別の物質に変えることも出来る。これぞまさに錬金術ね」


 事実上の無限の財源である。


 ルカが気になっていたのはこの事である。

 錬金術と言うからには石を鉄に、鉄を金に変えることが出来るかもしれない、とそう思っていたのだが。


「形状変化よりもよっぽど使い道があるじゃない」


 そしてこれによって分かったことが幾つかある。


「この星の大気には酸素や窒素が含まれている。私の知ってる物質で構成されているのはとても有難い」


 知っているか知らないか。それだけでルカが錬金術の対象に取れるモノは変わってくる。

 勿論、この世界特有の気体が混じっているのかもしれないが、それらは後に考えればいい。


「物質変化は恐らくテクスチャの上書き、書き換えみたいなもの。質量自体を書き換える事は出来ないから、アルス金貨と同量の大気が失われたと見ていいでしょう」

 と、ここまでの事象に関して少し思考を巡らせる。


(コレ、結構危険かもしれない)

 大人しく生成した金貨を大気に戻す。

「ただ使えると言うだけじゃダメなのよね。もっとこう⋯⋯」


 チェルノを見て感じたのは、この世界の人間は魔術を手足のように扱う事。

 望んだ事象を魔術で起こすことが出来る。

「それ自体は間違っていないけれど」


 ただ、ルカはそれで終わらせたくは無いのだ。

 人は無意識に何かを掴んだり、歩いたり、呼吸をしたりする。

 誰もその過程で脳がどのような信号を発しているのか、どう筋肉が動いているのか、どの器官が働いているのか、というものを意識することは無い。


 誰も疑問に思わない。

 魔術も錬金術も同じ。


 ルカ・レシーアが反復練習していたように、感覚を身体に染み込ませようとする。

 何故使えないのか、という原因を究明しようとしない。


 チェルノは意図も容易く氷の華を生成した。

 何故使えるのか、という疑問すら抱かずに。


 はそれが嫌なのだ。理由も知らずに物事を行おうとする事が。


「まあ、いいわ。誰もやらないなら私が趣味でやってあげる」

 と、そう呟いた時。検問の為の衛兵に声を掛けられる。


「止まれ。ここから先は⋯⋯レ、レシーア家の!?」


 と、驚くような男の声。


「少し拝見しても宜しいですか?」


 そして一人の男が馬車の後ろから中を伺う。

 ルカは小さく手を振ると、男も笑顔で手を振ってくれる。


(西洋風の顔立ち、身長は百八十前後。上は金属製の鎧⋯⋯下半身は鎧を着ていないのね。何故? 予算削減?)

 と、軽く思考を巡らせる。


 やがて検問が終わり、街へと入ると、ルカは天幕の前入口から顔を出す。

 そこには日本では見られなかった西洋風の街並みが続いていた。

「雰囲気は良いわね。意外と清潔じゃない」

 時代背景的にもう少し汚れていたと考えていたルカはそれらを改める。


 ズラリと並ぶ煉瓦や木造の建物。辺りは人々の声が響き、商業街としての活気もある。


「それはまあレシーアの中央都市ですからね。レシーアの本家がこの街の中央に」

「⋯⋯あら、知らなかったわ。つまり私たちは分家って事?」

「そうなりますね」

 スクワールは表情を変えずにルカに返答。


(ふぅん。いいじゃない)

「そういえば、私スクワールについてあまり知らないのよね。歳は幾つ?」

「私、ですか? 前日十歳になりました」

「あら、おめでとう。でも私の記憶にはパーティをしなかった記憶があるのだけれど」


 ルカ・レシーアの記憶には、自分の誕生日の度にパーティをしていた記憶がある。

「私は元々奴隷ですので」

「へぇ、そう」

 奴隷制。その言葉を聞いてもルカは特に気にはならなかった。


「私は少し見て回りたいから、あなたはお使いをして来てくれると嬉しいわ」

「わかりました。ただ、今は少し手が離せないので読み上げて下さると嬉しいです。あ、大まかなジャンルを言っていただければ」


 仕方ないわね、とメモを開く。

「主にガラス類、それと金属。あと小動物を何匹か。あ、ちゃんと取引内容は書面で貰ってきてね」

「⋯⋯なるほど、徹底されていますね。わかりました、ルカ様はどちらに?」

「主に布類。毛糸というよりも服屋かしら」


 そう言ってスクワールの顔を伺う。

 無表情ながら何かを思案する素振りを感じ、再び外の景色に目を向けた。

「そうですか。でしたらそちらの道をまっすぐ行って頂ければ、ルカ様の好きそうな洋服屋があるかと」


「そう。ありがとう。メモはここに置いておくから、帰りはここで待ち合わせ」

 ルカが指を向けたのは剣や槍といった武具が置いてある大きな武器屋だった。


「武器屋、ですね。かしこまりました」

「それじゃあ行ってくるわね」


 そう言ってルカはから飛び降りる。


「ルカ様!?」

 が、ルカは何事も無かったかのようにストンと着地。


「心配しなくていいわよ。行ってらっしゃい」


 そうルカは小さく手を振った。


 その後、スクワールの顔が見えなくなった頃に目的の場所へと歩き始める。

「⋯⋯へぇ。一部の力場にすら錬金術って使えるのね。本当にコレって錬金術って言っていいのかしら?」


 今、ルカが行ったのは運動エネルギーの反発と中和である。

 馬車が走る速度を目算で仮定した上で、自身がその場から飛び降りた時にかかる運動力や負荷を計算し、自身にかかる衝撃を操作したのだ。


 これはガラスの形状を変化させた事象の応用。

 そして目には見えない空気中の物体を記号として認識し、別の物質へとテクスチャを書き換えた事象の応用でもある。


 要するに、目には見えない力の負荷や流れを『目には見えないが、決まった形』として一つの事象として完結させ、それらに関する全ての動きを計算し、式をとして表す事で『擬似的に視覚化』し、自身が認知し錬金術の形状変化の対象に取ったのだ。


「⋯⋯目に見えなくとも、明確に理解出来れば対象に取れる。なるほど覚えておきましょう」


 今ルカが使えるのは三つ。


 ・物体の形状変化


 ・物質の別物質への変化


 ・運動エネルギーの操作


 どれも地球人類にとっては規格外の力であり、特に物質変化はあらゆるエネルギー問題を解決する能力だ。


 錬金術って面白い、と考えながら様々な店を覗く。

「1アルス金貨で百円程度。少なくとも食べ物類はその計算でいけそうね。金属類はスクワールの領収書を見て判断しましょう」


 彼女なら少し歩けば、どのくらいの文明レベルかが理解出来る。

「調味料は比較的高価だけど、庶民でも手が届かない訳では無い。この辺りは中世とは少し違うのね。むっ少しいいかしら」


 調味料の専門店では胡椒や塩に似た見慣れたものや、全く見たことの無いものまで様々。

「ふむ。辛味の傾向としては生の玉ねぎに近いのね。こっちは塩⋯⋯他に種類は? ああ、味見した分のお金はちゃんと払うわ」


 ポケットから、先程拝借したアルス金貨を何枚か渡す。

「足りなかったら言ってくれる? 最も、一口分だからそこまで高価じゃないと思うのだけれど」


 アクセサリーの露店を見かければ。


「これは何かしら? この辺りの宗教に関わるもの? それともあなたの趣味? なるほど、地方の宗教⋯⋯」


 それぞれの文化や土着信仰に興味を持ち。


 菓子店を見かければ。


「コレを一つ貰える? あとコレ、コレも」


 店を出てクッキー、ビスケット等のお菓子を摘む。


「少し粉っぽいわね。まあクッキーの起源を考えれば納得ではあるけれど。ビスケットはいいじゃない。ちゃんと美味しいわ。ちゃんと小麦粉やバターは流通しているの。中にはナッツに似た食感、でも味わったことの無いもの。これなら独自の食文化があってもおかしくは無いと思うのだけれど⋯⋯」


 お菓子の味から使用されている材料を逆算。そして更なる考察を深めていく。


 そして、そうこうしている内に洋服屋の前へと辿り着いてしまった。

「あら。結構寄り道しちゃったわね。まあ一番はここかしら。この服装も悪くは無いのだけれど⋯⋯」

 と、自身の服を見る。

 真っ白なワンピースで可愛らしいのだが、下着が透けて見えてしまうのだ。


「一次成長期を終えたばかりの子供に欲情するような人は⋯⋯いて欲しくないわね」

 しかしながら趣味趣向は人それぞれというのはルカも分かっている。


 そんなことを考えながら、洋服屋の扉を開ける。

「あら」

 ルカは意外そうに目をぱちくりと瞬きする。


 外見はそこまで大きくない店だったのだが、取り扱っている服は女性物しかないが、幅広い年齢のものが置かれていた。

「いらっしゃいお嬢ちゃん。おひとりかい?」

 気前の良さそうなお婆さんが、ルカに声を掛けてくれる。


「えぇ。少し見て行きたくって」

 と、店内を見渡す。

 文字に関してはルカ・レシーアの記憶で粗方読めるようになっている為、問題はない。


「基本はウールや毛皮、綿の素材が多い⋯⋯。その辺りは比較的安価なのかしら」

 店内を見渡したが、それでもパッと浮かばなかった為。

「申し訳ないのだけれど、オーダーメイドって可能かしら?」


「いいけど⋯⋯値段張るよ?」

「お金なら幾らでも。それにご婦人の手は掛けさせないわ」

「お嬢ちゃんが仕立てるってのかい? なら、少し見せてもらうよ」

 と、言質を取ったのでそそくさと会計の奥にある作業場へと向かう。


「私は仕立て屋では無いけれど、衣服の構造くらいは理解しているの」

 手頃なウールを手に取り、即座に錬金術を使用。


 多量のウールを複数の物質に変化。それを維持した上で更にそれぞれ反応させていく。


「⋯⋯コレ、文明レベルからすればオーバースペック過ぎる気がするのよね」


 そして生成したのは『ポリエステル』で出来た生地。


「大元の石油や天然ガス無しで化学繊維が作れるのは⋯⋯まあ、運動エネルギーを操るよりかは錬金術っぽいけれど」


 そして再びウールを取り出し、生成したポリエステルと合わせて形状変化させ、織っていく。

「私の採寸は⋯⋯まあ、自分の体だもの。必要無いでしょう」


 そうして、様々な素材を使用し、時に生み出し。


「スカーフの色は⋯⋯赤かしら」


 そうして仕立てられたのは。


「なんだい、コレは?」

 見たことも無い服に目を丸くする店主。

「セーラー服よ。可愛いでしょう?」


 そう言って、ルカは今着ていたワンピースを錬金術で球体にし、セーラー服を着る。

 藍色の襟に、赤色のスカーフ。腹部は白でそのままの色を使用しているが、スカートは襟と同じ藍色に仕立て上げられ、統一感のある制服となっている。

「それに、コレも必要よね」


 再びウールに触れてポリエステルを生成し、形状変化させる。

 そしてルカは小さく笑う。

「いいわね。やっぱり科学者はコレが無いと」


 こうして生み出されたのは正真正銘、白衣と呼ばれる科学者のユニフォームだ。

 ルカ自身、コレを着ることでホンモノの科学者となる事が出来る、という考えがあり、昔見たアニメに影響されている面があったりする。


「お嬢ちゃん! よく似合ってるねぇ! 最近はそういうのが流行りなのかい!?」

「いえ、私の好みよ。今後流行るかもしれないから、その時は乗り遅れないように。⋯⋯お代は?」


「それならいいものを見れたし、無しでも⋯⋯」

「そういうのは良くないわ。私一人で経済が滞る事は無いとは思うけれど、一応貴族だもの。富裕層が消費をしないのは経済的に見ても良くないの」


「そうかい。ならきっちりお代は貰おうかね」

 こうして、ルカは洋服屋の店主にお金を払い、店を出た。


「色々と分かったんじゃないかしら。いいわね、知らない事を知れるというのは」


 うーん、と背伸びをしながら、集合場所へと向かうルカ。



 しかし彼女は気が付かなかった。


 その後を追う不穏な影に。


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