第3話 科学と魔術



「灯りは⋯⋯蝋燭でもなければ電気でもないのね。不思議だわ」

 廊下に出たルカはまじまじと天井に吊るされたシャンデリアを覗いている。


「彼女の記憶にある、魔法。いえ魔術に関連するものかしら? 私達の世界には無いエネルギー。色々片付いてから調べてみましょう」


 スタスタと廊下を歩くルカが向かう場所は、記憶の通りであれば三階の大きな部屋。

 ちなみにレシーア邸は四階建ての超豪邸だ。

 元日本人の一般的感覚で言えば、耐震性が気になるところだと考えている。


 ルカ・レシーアの記憶では、この辺り周辺一帯は全てレシーア領として所有しているという。

「貴族制。まあ自由が多いに越したことはないわね」


 レシーア家は錬金術師の家系だと言う記憶があるのだが、彼女自身あまり本を読まず、よく家から抜け出して遊んでばかりだった為その辺りの記憶は薄い。

「変に記憶に引っ張られるような事が無くて安心したって考えましょう」


 そう言って、彼女はそっと窓ガラスに触れた。

 相変わらず見慣れない少女の顔。

 天真爛漫でよく笑っていたような記憶が残っている。


 それも今は何一つ笑わない冷たい表情に変わっていた。


「錬金術師の家、ね」

 錬金術師、という役職がどういった役割を持つのかは大体予想が着いている。


「まるでTA」

 タイムアタックの事だ。

 そしてその部屋の前に立った後、三回のノック。


「どうぞ」

「失礼します」

 名前尋ねないんだ、とちょっと意外そうな感情を覚えつつ、扉を開くとそこはルカ・レシーアの母の部屋。


「あら、ルカ。どうしたの?」

 大きな机に座り、何か書類らしきものを書いている婦人の名はチェルノ・レシーア。

 ルカと同じ金髪で、ルカをそのまま成長させたような容姿だ。


「少しお母様にお話がありまして」

「あら、何かしら改まっちゃって」

 うふふ、と嬉しそうに笑うチェルノだが、まだ中身が以前のルカだと思っているのだろう、と内心でを吐く。


「私に魔術を教えて欲しいの」


 母、チェルノ・レシーアは魔術を扱う魔術師としての才能がある、らしい。

「⋯⋯」

 チェルノは面食らっていたが、ルカは続ける。


「私は魔術に興味があってお母様の所に来たの」

「えっと、どうして?」

「どうしてと言われても⋯⋯出来ることが多い方が便利でしょう?」


 ルカは特に聞き返されるとは思っていなかった為、少し吃るが至極真っ当な意見で返す。

 そもそもなど長らくされてこなかったからだ。


「まあ、強いて言うのなら、お姉様と同じく学校に通いたいから、かしら」

「魔術学園に⋯⋯?」

「ええ。その為に早い段階で知識を付けておくのは当然の事」


 少女らしく可愛げな仕草で言い返す。

「それは⋯⋯構わないのだけど⋯⋯」

「あらお母様。何か不安でも?」

 表情を見て察するルカ。


「貴女は適正属性が無いから、ちゃんと習得出来るか心配で⋯⋯」

「適正属性、確かお母様は火、氷、風の三属性使いだったわよね?」


 魔術に関する記憶は少ないが、最低限の知識は持っている。


 適正属性とは、言うなれば使える魔術の属性である。

 魔術には火、氷、風、地、雷の五属性に加え、光と闇、無の三属性と合計八つの属性が存在する。


 そして個人個人扱える属性が違い、適正の無い属性は一切扱うことが出来ない。


「〈冰花アイスフルール〉』


 何かを摘むように指を動かすチェルノは、その名を唱えるのだった。

 すると指先に氷の茎が現れ、硝子のように輝く氷のバラが現れる。


 造花のような、造られた美しさを放つソレは、世界から切り離されたような独特の存在感を放っていた。

「⋯⋯少し前までは、これを見せるだけで浮き足立っていた貴女が、そんな表情をするなんて。少し寂しいわ」


「浮き足立ってはいると思うけれど⋯⋯」

 実際、彼女は楽しみで仕方がないのは確かである。目の前に人参が吊るされた馬のような感情ではあるが。


「分かりました。レシーア家の地下工房を貴女に解放しましょう」

 レシーア家は魔術、特に錬成師の家系であるが故に、大きな専用工房を持っているのだ。


「ありがとうございます、お母様」


 深くお辞儀をするルカは、もうひとつだけお願いがあると一本指を立てる。

「それと、一人従者を貸して下さる? 出来れば専属にしたいわ」

「それは構わないけれど⋯⋯」

「人手が欲しかったの。ありがとうお母様」


 ルカは小さな笑顔を浮かべるのだが、チェルノにとって、ソレはえもいえない潜在的な恐怖を掻き立てるモノだった。



 ---



 レシーア家の地下工房。地下一階にあるそれは薄暗く、怪しい宗教団体がよく儀式で使っていたような部屋。異世界の言葉、アルスマキア語で書かれた呪文や魔術書が壁に並び、机には水晶や金属が多く並んでいる。


「⋯⋯くっら」

 ルカがここを欲しがったのには理由がある。


「まあDIYは好きだからいい。ここを研究室にしましょう」

 彼女の部屋以外に研究室と呼べる場所は無い。そして色々とやるべき事が多く、広い場所を欲していた彼女は、記憶を頼りにこの場所が最適だと判断したのだ。


「さてと。とりあえず魔術に関して⋯⋯」

 と、本を読み漁る。


 が。


「⋯⋯三流オカルト記事みたいな事しか書いてないわね」


 と、落胆してしまう。


 それもそのはず。どの魔術書を読んでも「魔術は体内の魔力を媒介とし、詠唱とイメージで形を補完するもの」と説明がふわっふわなのだ。


「はぁ、やっぱりこの辺りは実験しないとダメかしら。⋯⋯次は錬成、ね」


 錬成とはルカが唯一出来る魔術に近いものである。

 記憶にある限りでは、森の中で必死に詠唱し、その辺に落ちていそうな石ころの形を変えようとしていた。


「⋯⋯何度やっても出来なかったけれど、反復練習で出来なかったのよね」

 ルカの記憶では、何度やっても形ひとつ変わることは無かったのだが。


「多分ソレ、異世界的には魔力不足なんじゃないかしら」

 ルカの勝手な考察だが、成長度合いで言えば肉体は五歳児。平均的な成長曲線を知らない彼女でも、何となく想像が着いている。


「まあ試さない限りは何とも言えないわ」

 そう言って机に置いてあった、いちごのジャムが入ってそうなガラスの瓶に触れると。


「⋯⋯あら?」

 ルカの指先で熱い感覚が生まれる。

 細胞が活性化し、何らかの反応が起きている事が実感できるソレは、彼女の好奇心を煽るには充分だった。


 使いやすそうなガラスの瓶を見て、少しの遊び心と共につぶやく。

「コカボムの瓶とか、可愛くて好きなのよね」

 すると、一瞬指先の熱量が上がったかと思えば。


 その瓶は一瞬でコカボムのグラスに変貌する。

「なるほど、錬成って形状を変形させるものなの。本来の意味と違わないかしら?」

 小さく笑いながら、コカボムのグラスを指先で撫でる。


 コカボムとは瓢箪型の小さなグラスの下にエナジードリンク、上にコカレロを上下半分ずつ入れて飲むお酒であり、瑠楓がよく飲んでいたものである。

 独特な形ながら上は緑、下は黄色と色合いも良く、度数も高い為少量でも酔えてしまう。


 瓢箪をツーっと上から下になぞりながら考える。

「質量自体は変わらない辺り、本当に単なる形状変化なのかしら。目算だけど、変わっていないっぽいし」


 そして、次は正体不明の鉱石に触れる。

 が、その独特の熱が生まれる感触は無かった。

「⋯⋯? 物質であればなんでもいい訳では無い?」


 そして、先程の魔力不足という考察に誤りがあったと理解する。

「本質を理解していなかったから、彼女は失敗したのね」


 ルカはガラスの構造を理解している。

 その記号を知り、ガラスというモノの世界での在り方を知っている。その存在を数式に表すことが出来る。

 それ故に、分子レベルで操る事が出来るのだ。


 逆に正体不明と片付けてしまった水晶は操る事が出来ない。単純明快、知識に無いからだ。

 本来は感覚で操れるのかもしれない。しかし、全てを明かしたい者、科学者としての教示がソレを許さないのだ。


 そして魔力に関してだが。

「特に変わった様子は無いし、魔力を消費する訳でも無い。ますます知りたくなってきた」


 ルカの目に熱が宿る。

 目の前の神秘。自分に宿る神秘。知らないこと、知るべきこと。


 それらがあまりにも多すぎる。明かすべき神秘が、目前にある。

「ルカには感謝しないとね」

 ルカ・レシーアの肉体と記憶に、上から被さるように侵犯したのが今の瑠楓だ。


「ルカ様」

 ふと、耳を澄ませると凛とした冷たい声が背後からかかる。

「あなたは⋯⋯」

「スクワールです。性はありません」


 西洋風のメイド服に、黒髪。前髪で目元は見えないが、瑠楓から見て美人と言っていいだろう。全体的な顔立ちや肉付きはルカよりももう少し歳上だが、そこまで離れていないように見える。


「お母様に人手が欲しいと言ったけれど⋯⋯まあいいわ。今からあなたは私の所有物。専属って言うのはそういうことなのだけれど、大丈夫かしら?」


「勿論です。チェルノ様もそう仰っていました」

 その言葉を聞けたルカは、満足気に日本語で紙にメモを書く。


(小柄、体付きがいい訳でもない。性格は分からないけれど、パッと見真面目そうね)


 どう扱うかを考えつつ席を立った。

「出かけるわよ」

「どちらに?」

「買い物。どの道こんな場所で研究なんて出来ないでしょう?」


 スタスタと地下から一階への階段を上りつつ、目的を整理する。


 都市部の文明レベル。


 産業傾向。


 物価や価値観。


 記憶の中のルカ・レシーアで補完出来ないもの等、いくらでもある。

 それを補う為のフィールドワークは、いつになく心躍るもの。



「纏める事が山積みね。あ、スクワール。お母様から予算を貰ってきてくれる? その後一緒に街へ行くわよ」

「かしこまりました。⋯⋯私も御一緒してもよろしいのでしょうか?」

 妙な空白と少し違和感のある聞き方。それの意味をルカは何となく理解した。


「ええ勿論。女の子の買い物には、常に荷物持ちが必要でしょう?」


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