第2話 異世界○○




 彼女が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。


「⋯⋯」


 西洋風に施された装飾、そして女の子らしいぬいぐるみやピンク色のベッド。

「⋯⋯は?」


 一人用にしてはやや大きく、様々な本が壁一面に収められている。

 近くのカーテンを開け、外を見ると、綺麗に整えられた庭や鉄の柵があり、今彼女が立っている場所がそれなりに格式の高い場所である事が理解出来る。


「知らない場所⋯⋯」


(どういう状況?)

 困惑が思考を支配する。


 呉島瑠楓。

 元々の年齢は二十一歳。その年齢にして超天才科学者と呼ばれた実績を持っている。


 突出したその才能で、世界の技術レベルを数十年単位で進めた彼女だが、今は目の前のガラスに映る少女の姿だった。


 サンディブロンドの長い髪に、エメラルドのような美しい碧眼を持つその身体は、五歳児前後の人形じみた姿だった。

 そんな自分が、何故このような状況に陥っているのか、実験に失敗でもしたのか、何故直前の記憶が無いのか。


 そしてもうひとつ、瑠楓には瑠楓では無い記憶がある。


 ルカ・レシーア。


 それがこの世界での、瑠楓の名前である。


「⋯⋯名前が同じなのは都合がいいわ」


 それなりの地位にあるレシーア家という貴族の次女に当たり、姉は既に魔術学園にいるらしい。

「魔術学園、ね」


 興味深い単語が記憶から現れたが、一旦流す。


 この国はアルスマキア帝国と呼ばれ、エルドラッド大陸の三分の一を占める大国だ。

 文明レベルは産業革命前のヨーロッパ当たり。電気も通っていないような、不便極まりない場所だ。


 世界情勢や政治を理解している訳では無いが、五歳児の記憶から読み取れるものなどこの程度。


 つまるところ、瑠楓はこの世界が元々の世界では無いことを理解した上で。


 既に解を導き終えている。


「私個人としては、特に元に戻りたいとは思えないのよね」


 必要な記憶、この世界での自分の立ち位置。


 それら全てが今の瑠楓はある。


「あの世界に残した神秘は、他の人たちに任せるとしましょう」


 瑠楓は既にあらゆる神秘を平凡に叩き落とした天才である。ほぼ全てを理解した上で、その先が導かれるのは時間の問題だとも考えている。


「その役割は私じゃなくてもいいもの」


 むしろ、この世界について興味を持った所だった。


「ルカ・レシーアの自我はどうなったのかしら」

 カーテンを閉め、部屋の外へと向かおうとする最中、彼女は考える。



 ルカ・レシーアの自我


 今やるべき事


 この世界を構築している式


「マニュアルに無いから焦るようじゃ、三流もいい所よね」


 合理的で理性的。それでいて少しの童心と知的好奇心。


 それが彼女のモットーである。

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