死は祝福となりえるのか

てをん

死は祝福となるか?

 死が『祝福』とされている世界で自分は一度〝死にかけた〟


 自分はツァリルレェゼィの郊外で『魔力具』や『魔術具』などの『魔法具』の修理屋を営むしがない中年男性だった。黒髪に混じる白髪は年齢によるものだが、一房だけ三つ編みにした赤毛は魔力異常の証だ。自分は隠す事など何もない只の『異変者』だ。


 しかし自分の様な『異変者』やもっと魔力異常がひどく体表にも〝それ〟が現れる『異態者』を総じて『異常者』と呼称されるが、今の時代異常者はそこまで珍しいものではない。むしろ魔力異常がない『完璧者』の方が絶滅危惧種――あるいはもういないかもしれない。魔力を〝持つ者=異常者〟が常識になりつつある。

 自分が異変者である事を引け目に感じた事はなく、むしろ感謝する程だ。魔力があるおかげでこうして修理屋を営む事が出来ているし、何の不安も無くツァリルレェゼィで暮らせている。


 世界的に見て魔力がある人間はツァリルレェゼィに集まっている。外の世界には魔力を持たない人間ばかりらしい。それも『国災』によって幾度も土地が荒らされ、文明が破壊されてしまったからだと皆教えられる。

 『国災』はその名の通り国が消滅する災害の事を指す。予測ができず国災が起きた後は真っ新な土地しか残らない。そして原因は解明されておらず人々は突然来る災害にどこか怯えながら暮らすしかないのだ。

 そんな学校で当たり前の様に教わる事を何となく思い出しながら煌めく朝日の中、いつも通り店を開ける準備をする。朝の澄んだ空気のおかげが空にある光の橋が肉眼でも綺麗に見えていた。あれは異常現象落ちる光が消えずに残っているだけらしい。


 噂によれば光の橋は〝真に祝福を受けた者〟だけが渡る事が出来るらしい……いや、この歳にもなって都市伝説など本気で信じないさ。はぁ、とため息をつくと常連のお客さんがやって来た。


「また……壊したのか?」


 常連は悪びれも無く白い歯を見せて笑った。


「いや~うっかりしちゃってさ。でもあんたが何でも直してくれるから安心しちゃうんだよね!」


 そう言って渡されたのはよく見かける『魔力具』だった。日常的な魔法や簡単な『魔術具』を使う際に、必要な魔力を補助する道具としてツァリルレェゼィでは当たり前に使われている物だ。そんな日用品レベルで使われる物だが高頻度で壊れる程繊細ではない。しかしこの常連さんは三日前にも同じ物を持って同じ事を言っていた。


「まったく……金はちゃんと貰うからな。いくら簡単な物とはいえ、こうも壊してたら調整が難しくなるぞ。……はぁ、今回は数日かかりそうだ」

「もちろんよ! 今回もよろしくね」


  ◆◆


 郊外という位置もあり店の経営に困った事はない。常連さんも優しい人達ばかりだ。贅沢な生活を望まなければ平和に暮らして行ける、そんな生活。しかし自分はなりたくて修理屋になったわけではない。元々父親が営んでいた店を受け継いだだけなのだ。


 本当は修理よりも魔法具を『作りたい』。子供の頃からの夢だった。それでも修理屋になったのは自分に道具作りの才能が無かったからだ。よくある挫折。人間生きていればそう言う事は沢山経験する。


「……歳を取ると感傷的になるな」


 しかし年を取ると昔出来なかった事がしたくなるのも事実だ。仕事の片手間、趣味程度に自分で作った物を店に置いてみようか。運がよければ誰かの手に渡るかもしれない。思い立ったが吉日、昔使っていた道具を引っ張り出す。


 何だが若かりし頃に戻った様で、久しぶりの魔法具作りに胸が躍った。夢を詰め込んだような目で瞬きもせず、寝る間も惜しんで夢中で作り続けてしまった。次の日の仕事に支障が出るなんて後悔よりも、達成感や高揚感の方が勝っていた。


「我ながらいい出来かもしれない……!」


 思わず言葉が出てしまう程に自分の腕は鈍っていなかった様だ。とはいえ少々作り過ぎたかもしれない……。簡単な魔術具とそれとセットで使う魔力具――それを三セット。

 簡単な物だが装飾はこだわりぬいて作った分、コストが高くなってしまった。普段使う道具程こだわりが強ければそれだけで気分も上がるだろう。そう大事な事なのだ。それにこれはあくまで〝趣味程度〟なのだから自己満足でもいいんだ、と自分に言い聞かせた。


「……今日は、休みにするか……」


 作業が終わった途端にドッと疲れが押し寄せてしまった。何も考えられないくらいに瞼が重くなりそのまま記憶を失ってしまった。


  ◆◆


 結局あの後、興が乗ってしまい追加でまた二セット作ってしまった……。過程を楽しんでいるのもあるし、いいんだ別に。

 翌日、そろそろ店を開けないと、そう思い準備をする。


「……よし!」


 少しドキドキしながら外からよく見える窓辺と店番をする時の机の上、二カ所に作った魔法具を並べてみる。……うん悪くない! もしかしたら今日のうちに全部売れてしまうかもしれない。



「……まぁ、そうだよな。……分かってたさ、うん」


 店仕舞いをしながら一つも売れなかった悲しみに暮れる。自分が道具職人の道を諦めた事をしみじみと思い出す。いや確かに今日来た人皆から「綺麗」「凄い」「使いやすそう」など言われたりはしたが、誰一人貰い手は見つからなかった。

 まぁ初日何てそんなもんだよな、と気にしない様にしながら片付けを終える。


「まぁ何日かしたら一人ぐらい買う人がいるだろ……」


 それから一ヶ月過ぎたが店に飾る魔法具ばかりが増え続けるだけだった。やっぱり自分には向いていないのかもしれない。趣味に留めておくのがいいのか……。

 お客さんがいないのをいい事に、へそを曲げて机に顔を付けて側にある魔法具を弄んでいたら足音が聞こえた。


 顔を上げると窓辺に置いてある魔法具を外から眺めている少女がいた。フードを深く被り、人目を避けているような雰囲気だった。顔はよく見えなかったがフードからはみ出ている髪の毛は淡い白色で少しクセがついている。きっとだ。長袖を着ていたので確信は持てないが体表にも目立った異常はないように思える。


(完璧者……? いや、魔力がないのか……? それにしたって随分身軽だな)


 魔力を持たない人がツァリルレェゼィに出稼ぎに来る事はしばしばある。それでも魔力が無ければこの国にいるのはさぞかし肩身が狭い事だろう。

 しかしわざわざ、しかもこんな郊外に来るなんて珍しい事もあるんだなぁと呑気に考えながらその少女を見ていたら不意に目が合ってしまった。


「……!」


 フードと髪の隙間から一瞬だけ見えた宝石のような瞳が烙印のように頭に焼き付いて離れなくなってしまった。自分が見惚れている間に少女はそそくさと、その場から逃げるように去って行った。


「おじさんが見つめてきたらそりゃあ逃げるよな……」


  ◆◆


 それからあの少女は毎日少し遠目から魔法具を眺める様になった。たまに通りすがりを装って近くで見ていたりもする。なのでこちらも店内の模様替えを装って、作った魔法具を全て窓辺に置いたり、彼女が自分の視線を気にしない様に店の奥に引っ込んだりしてみた。


 店の奥からこっそり覗くと彼女は窓に顔を近づけて、目を輝かせながら魔法具を見ていた。自分が作った物を毎日楽しそうに見てくれるのは単純にとても嬉しかった。だけど何故か少女は店に入ろうとはしなかった。


(魔力を持たないなら魔法具を買ってもガラクタになるよな……)


 置物にするには華やかさが足りない。作ったのはあくまで〝装飾品を凝った日用品〟でしかない。自分の作品を気に入ってくれている彼女と話をしてみたかったが、目が合っただけで逃げられてしまうなら夢のまた夢だろう。


 それでもこの気持ちを何とか伝えたいと何日か考えた。考えに考え抜いた答えは〝この気持ちを込めた魔法具を作る〟事だった。魔力を持たない彼女にも楽しんでもらえる様に置物に近い物にしようと決めた。

 もしかしたら分かってもらえないかもしれない。それでも何とか形にしたくて寝る間も惜しんで作り続けた。


 一日。


 また一日。


 自分の納得が行くまで何日も作り続けた。あの脳裏に焼き付いた彼女の瞳を幾度も思い出しながら。無我夢中で手を動かし続けた。年のせいか何度も手が攣りかけたが騙し騙し続けた。

 そうして出来上がったのは一つの瓶だった。


 遥か昔に戦争で使われたという『魔術液』を入れるための魔術具。今の時代〝禁忌〟とされている『魔術液』を見た事はないし、人生で見られる機会があるとも思わない。そもそもよっぽど魔法道具のマニアでもない限り『魔術液』を知っている人すらいないだろう。


 もし、時代の荒波を潜り抜けてどこかにあったとしてもお目にかかれるのは『最上祝福人』の中の一握りだろう。最上祝福人の数だってそう多くはないはずだ。その中の限られた人数となれば、こんな辺鄙な所に住んでいる平凡な自分なんかが期待を抱くだけ空しいだけだ。


 そんな魔術液を入れるためだけの『魔術具』。ただの置物の瓶に出来るように、これでもかと装飾にこだわったから一目では魔術具と分からないはず。これなら彼女も手に取れるかもしれない。

 明日の店番を楽しみにその日は眠りについた。


  ◆◆


 彼女が来なくなって数日。窓辺に置いた瓶はただ光を反射するだけの置物と化していた。


「……結局見て貰えなかったか」


 せっかく形にした気持ちが届かず悲しみに沈み店番の机に顔を埋める。そういえば彼女が初めて来た時もこんな感じだったなと、ぼんやり思い出す。……奇跡が起きるなら、なんて子供みたいな事が頭に浮かぶ。

 だがその考えが当たるように店の扉が開く音が聞こえた。


 まさか本当に!? 驚いて顔を上げるとそこにいたのは、


「いや~また壊れちゃっよ。いつもみたいに修理お願いね」


 常連さんだった。まぁそんなに人生は上手くいかないよな、と肩を落とした。




 伝えられなかった分、日に日に彼女への想いが強くなっていく。ただ〝自分の作品を気に入ってくれてありがとう〟と伝えたいだけなのに。その気持ちは夜になると特に強くなった。


 今日は仕事が中々終わらず夜まで作業をしていた。寝不足と老眼も相まって手元がおぼつかなくなっていた。それと少しだけ繊細な調整が必要な魔力具を修理していたのもあって、いつもなら絶対にしないような失敗をしてしまったんだ。


 そしてどうなったかって?


 家が爆発したんだ。今でこそ笑い話に出来るがあの時は本気で死ぬかと思った。いや、死にかけた。あぁこれが自分への祝福、魔力の爆発は銀河を凝縮したようで綺麗だ、なんて呑気に感じながら瓦礫の下敷きになった。幸い近くに〝もしも〟の時用に置いてあった魔術具があったおかげで命は助かったし、体のパーツも何一つ欠ける事はなかった。


 それでも祝福を受け切れなかった絶望は計り知れない。いっそこのまま自殺してしまおうかとさえ考えた。でも踏み止まったのはあの魔術具が瓦礫の一番高い所で傷一つ無い状態で光り輝いていたからだった。他の魔法道具は全て壊れてしまったのに、それだけが唯一残っていたんだ。あの日反射していた光を閉じ込めたかの様に煌めくそれは、未来への光にも見えてそれだけで希望を抱くには十分だったんだ。


 『修理屋の自分』は祝福を受けて死んだ。これからは『道具職人の自分』として生きて行くんだ。一度死んだ命ならばもう一度死のうが関係ない。今までの肩の荷が下りたかの様に気持ちが軽くなった。もしかしたら空も飛べるかもしれない。


  ◆◆


 それからはトントン拍子で事が上手く進んだ。唯一残った瓶だけを持ってツァリルレェゼィの中心部まで来た自分は、フラッと入った魔法具屋の店主に気に入られ、そのまま住み込みで働く事になった。

 しかも店主が大層自分の作品を気に入ってくれたおかげで店に商品として並べる専用のスペースを作ってくれた。そして何より嬉しかったのは自分の作品を喜んで買ってくれる人がいた事だった。


 直接お客さんと話す事は何事にも代え難い体験だった。


 店主に恩を返すためにも真面目に働き、魔法具作りにも精を出した。自分の頑張りが報われたのか店主が隠居する時、それに伴って店を譲って貰える事になった。

 また自分の失敗で店を潰さないように丁寧に仕事に取り組んだおかげで経営に困る事は無かった。自分の店として安定した頃に修理の仕事も少しだが受ける事にした。


 ある日、お客さんがいない間に店の掃除をしていると一人の青年が入って来た。金髪の髪に混じる青髪は三つ編みにされており、左右の目の色も少し違う事から『異変者』だろう。しかし服装からしてツァリルレェゼィ人ではなく外の国から来たと伺える。


「いらっしゃいませ」


 にこやかな笑顔で対応する。


「ここの道具、全部おじさんが作ったの?」


 店内をぐるりと見渡してから青年が問いかけて来た。


「はい、そうですよ」

「へ~凄いね。使う人の事がよく考えられてる……。あっ俺はヤカって言うんだけど、魔法具界隈じゃちょっと有名人らしいんだけど……聞いた事ないかな」


 聞いた事ないわけない。驚きで勢いよく後ずさりしたせいで棚の商品を危うく落とす所だった。


「ぞ、存じております! ヤカさんの魔法具は手に入れられるのが奇跡なくらい人気ですよね……!」


 そう『ヤカ』という職人はロウエルズ人でありながら高い魔力と技術で作る魔法具は、精度が最高水準な上どんな難しい魔術具でも魔力具と一緒に使えばどんな人でも簡単に魔法が発動出来てしまうという、化け物級の逸品である。まさに〝天才〟と言われる人物だ。


 ヤカさんが作る魔法具を持つ事がツァリルレェゼィでは一種のステータスになる程に人気を博しているため手に入れるどころか、お目にすらかかれない。魔術液とほぼ一緒の価値だ。そんな雲の上の存在のような人がまさか今、自分の店にいて商品を褒めたなんて現実味がない。


「あはは、そんなかしこまらないで。たまたまいい物が見えたから入ったんだ。……あの入り口近くに飾ってあるの、『魔術液』を入れる瓶だよね」


 ヤカさんが指差した先には昔の爆発で唯一無傷で残ったあの瓶があった。ツァリルレェゼィの中心部でならまた彼女が現れるかもしれないと、願掛けのように置いておいたのだ。


「流石ヤカさんですね。そうです魔術液を入れる瓶。まぁ魔術液をこの目で見た事はないんですがね」

「見れる方がおかしいからね。……もしかして置物としても映えるように装飾を凝って作ったのかな?」

「あ、はい……! 実は忘れられない人がいましてね。その人に感謝を伝えたくて作ったんです。……結局伝えられはしませんでしたが」


 ヤカさんは無言で瓶を眺めた後、自分の目を真っ直ぐ見つめて来た。


「道具に込められた想いはいつか必ず伝わると俺は信じてるんだ。それに作り手が想いを込める程、道具も応えてくれるともね」


 心強い言葉に目頭が熱くなる。……年を重ねると涙腺も弱くなって来るのか。


「うん、いい物も見せてもらったし俺はそろそろ行くよ。……手紙でのやり取りになるけど今度魔法具について話そうよ。おじさんとならいい案が出そうなんだ」

「ぜ、是非お願いします!」

「そうだ、これ近付きの印にあげる」


 ヤカさんに手渡された物は小さく粗削りされた宝石の様にも見えた。


「魔術具と言うよりかはお守りに近いんだけどね。毎日願いとか想いを自分の魔力に乗せてそれに流し込む。願掛け道具とも言えるかな。……まだ試作段階だしどういう道具にするかも決めてないけど危なくはないよ」

「あ、ありがとうございます!!」

「じゃあまた今度手紙で。おじさんの想い届くといいね」


 爽やかな笑顔でそう言うとヤカさんは颯爽と店を出て行った。それから数日後、本当にヤカさんから手紙が来て腰を抜かしてしまった。何だったら結構長い間やり取りしていた様に思える。

 しかし数年後にロウエルズが〝国災〟に遭い消滅してからはやり取りも消えた。国災で生き残る事など不可能だから当たり前なのだが、やはり寂しく悲しい。


 国災は国規模での祝福と考える人も少なくはない。しかし大事な人を失うというのはとても寂しい事と感じるのは自分だけなのだろうか……?


  ◆◆


 一度瓦礫の下敷きになったのは本当に祝福だったかもしれないという気持ちと、他人の死は祝福になるのかという想いを、頭の片隅に置いたまま数十年が過ぎた。今では毎日ヤカさんから貰った魔術具に魔力を流し込むのが日課となっていた。むしろ最大限の心の拠り所がこれしかなかったのもあるかもしれない。


 日が昇り切った後、珍しくお客さんが来ず思わず微睡に身を任せていた時、ゆっくりと扉が開く気配を感じゆっくり目を開けた。霞んだ目を必死に凝らし来客を見定める。

 毛先の色素が薄い髪に、黒い軍服に身を包んだ青年。きっと『異変者』かもしれない。それにどこかの国家機関に所属しているのだろうが黒い軍服は見た事がない。……そして見た目のわりに年季を感じる雰囲気を醸し出している事から只者じゃない事だけは察せられる。


 そんな青年の雰囲気に圧を感じてか眠気が一気に吹き飛び、慌てて接客をする。


「い、いらっしゃいませ!」

「あ、ごめんね。起こしちゃったかな」


 身なりとは逆に青年の口調は非常に穏やかだった。


「いや、むしろ寝ていてすみません……それより何か気になる物はありましたか?」


青年は口に手を当て悩む振りをしてから入り口付近に置いてある瓶を指差した。


「あれ、魔術液を入れるための魔術具だよね」

「あ、よくご存知ですね」


 豆鉄砲を食らった鳩の様に驚きで声が上手く出せなかった。あの瓶の用途を当てたのはヤカさんとこの人だけだ。まさか人生で魔術液を知っている人二人に会えるとは思っても見なかった事だ。


「僕『魔術具』が好きでよく集めてるんだよね。これは自慢だけどヤカとも友達だったんだよ。おじさんも名前は知ってるよね」


 思わず腰を抜かしてしまい倒れてしまった。「大丈夫!?」と驚き差し出された青年の手を掴み立ち上がる。年を取ると情けなくなってしまうのか……。


「ちょっと驚いただけです……すみません……! ヤカさん一度この店に来て頂けたんですよ。惜しい人が亡くなってしまいましたね……」

「大丈夫ならいいけど……。うんそうだね、ロウエルズの国災――」


 少しだけ青年の空気が重くなったがそれは一瞬にして元通りの空気になった。


「ヤカがね、おじさんの魔法具は作りが丁寧で凄いって絶賛してたから来て見たかったんだ。うん、ヤカの言う通りどれも丁寧で製作者の想いが込められてて素敵だね。特にあの瓶は誰かに渡すつもりで作ったのかな?」


 この青年は本当に只者ではないのかもしれない。しかしヤカさんが繋いでくれた縁は凄いものだ……これも祝福のおかげなのか、もしかしたら貰った魔術具に毎日魔力を流し込んだおかげかもしれない。


「お褒めの言葉は嬉しいですが少し照れてしまいますね。自分には勿体ない言葉です。……あなたの言う通りあの瓶はとある人に想いを伝えたくて作りました。結局は叶いませんでしたが」

「そっか。何となく僕の好きな人に雰囲気が似てたんだ。せっかくだから何か一つ買って行こうと思ったんだけど流石にあの瓶は売り物じゃないだろうし……何かおすすめはあるかな」


 あの瓶を欲しがる人は今までにも沢山いた。いつもなら売り物ではないと言って他の物を勧めるのだが今日は違った。


「……いえ、差し上げますよ」

「え? でもおじさんの大切な物じゃないの?」


 青年が目を丸くして自分を見る。


「はい大切な物です。……でも、もしかしたらあなたに渡す事で自分の想いが叶う気がするんですよ。もし叶わなくても用途を知っているあなたになら安心して任せられますしね」

「はは、魔術液なんてお目にかかれるかも分からないのに。……おじさんありがとう、大事にするよ。あ、でも瓶だけ貰うのも忍びないし他のも何か買わせてよ!」

「はは、ありがとうございます。それならおすすめは――」


 まだ瓶を手放す事に抵抗がないと言えば嘘になる。それでもこの老いぼれの拠り所として十分役に立ってくれた。ならば今度は道具として誰かの役に立ってほしいと、そんな願いが出て来たのだ。

 願わくばこの瓶が誰かの祝福になりますように、そう想いを込めながらいつも以上に、今までで一番丁寧に梱包し青年に渡した。


「本当にありがとうおじさん。強い想いは絶対に届くと思うよ」

「そうだといいんだけどね。……最後にもしよかったら君の名前を教えてくれないか?」

「本来ならおじさんは一生僕に会う事はないんだよ。だから知らない方がいいかもね。もしまた会えたらその時、ね」


 そう言って青年は振り返らずに店から出て行き手をひらひらさせながら去って行った。その背中を見送った後、心に開いた隙間をどうやって埋めようか考えながら、その日の仕事を終えた。


  ◆◆


 気分転換に店の扉に鈴型の魔術具を付けてみた。気分によって音が変えられる優れ物だ。自分の気分で変えるのもいいがお客さんの魔力に反応して音が変わるのも、面白いし特別感があってよさそうだ。うん、そうしよう。


 一番最初に鳴らすお客さんからはどんな音がするだろうか、と胸を躍らせながら誰かが来るのを待っていた。と、そういえば昨日届いた荷物を片付けていない事を思い出し店の奥に体を埋めていると、鈴の音が響き渡った。


それはどこか懐かしく優しく包み込むような感じがしたかと思うと、強い生命力の様な眩しい煌めきが音になって耳に届く、そんな音色だった。そうまるであの日脳裏に烙印を押されたかのように焼き付いたあの瞳……!


 急いで見に行くとそこにいたのは瓶を渡した青年ともう一人、淡い白い色でクセのある髪と宝石のような瞳をした少女だった。彼女の腰にはあの〝瓶〟が装飾品の様に光を反射していた。髪の隙間から見えるその瞳にもう一度会えるのをどれ程待ち焦がれたか。……自分も大概執念深い、なんて思いつつ。


 聞く事は叶わないと思っていた少女の声が耳を撫でる。想像していたよりも少しハスキーだったが重さはなく、むしろ優しく感じとても聞き心地のよい声だった。


「あ、あのここにある魔法具はどれも綺麗で素敵、ですね。ハイルが褒めるのもよく分かりますね。……あの、何かおすすめとかってあるのでしょうか……?」


 少女がおずおずと言葉を紡いだ。難しい発音の仕方をしている事から彼女が『完璧者』だと分かる。それならあの魔術具も使える、あぁよかった! やはり自分の目に狂いはなかった。あの時青年に瓶を譲らなければ今こうして、一番渡したかったあの少女の手に無かったかもしれない。


 想いはいつか必ず届くと信じてよかった。待っていた年月が長すぎたせいかどんな祝福よりも今この時が何にも代えがたくらいに嬉しい。あの瓶が沢山の〝縁〟を繋いでくれたのだ。道具職人の夢を諦めないでよかった。


「ありがとうございます……本当に……あなたのおかげで自分は今、ここにいます……」


 修理屋の自分が授かった祝福は本当に神様からの贈り物だったと思える。

 気付くと自分はその場に泣き崩れてみっともない姿を晒してしまった。

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