第41話 輝きを放つ人
「分相応、ということであれば、今のままでも十分、相応では? 伯爵家は皇室、公爵家に続く爵位をお持ちですもの、派手になされても問題ありませんわ。ましてオースティン伯は歴史あるお家柄。お嬢様の格も上がり、また社交界でも優位に扱われることになりますでしょう?」
「······そうじゃないんです、わたしは。わたしはこの領地の経営が上手くいっていないことを知っております。ですから財政にできるだけ負担をかけないパーティーにしたいんです」
「そうですか。こちらの細かい財政状況は存じ上げませんが、ヒューズ様より大まかな資料を見せていただきましたの。出どころは内緒だそうです。今回の件もありますけど、それによって我が領地からの出費も変わるわけですから。
あの方は無駄を省くことに関しては天才的ですが、社交界でかかるお金の意味をご存知ありませんの。『ウェーザーと同じか、それ以上を用意しろ』と、その一点張り。
こちらの財政状況は大体、概算でこうだから、お嬢様が笑顔でデビューなされるよう、ケチはするなと。大変な方に目をつけられましたわね」
おーほっほ、とキャロルはまた高笑いすると、失礼いたしました、と小声で付け加えた。顔がほんのり赤くなって、小さくなってしまわれた。
なので「実はわたしも『フランクの会』の会員なんです」とお伝えした。「まぁ!」とキャロルは大きく目を開いた。
一体、殿下まで参加することになった『フランクの会』はどれくらいの規模なのか、疑わしくなる。
あの魅力的な話術で、ヒューズ様はあちこちで人を魅了して歩いているんだろう。思い出すと、久しぶりにあの方の自信に満ちたお顔を拝見したい気がしてくる。ヒューズ様といると、自分にもなんでもできるという自信が湧くから不思議だ。
「難しいですわね。お嬢様のお気持ちを汲んだとして、お嬢様はどれくらいの規模、予算を目標とされていますか? 概ねで結構です」
⋯⋯目標、そんなことは考えたこともなかったので頭の中がチカチカしてしまう。
なんてことかしら。人よりも考えているつもりで、これではなにも考えていないのと変わらないじゃない?
真面目な顔をして難しいことを口にするだけの、頭の悪い少女のようだわ。
「ふふ、そんなにお困りにならないで。細かい数字まですぐにお出しになれるようになったらそれはもう、プロですわ。
お嬢様はなんでも最近、経営に興味を示されたばかりとお聞きしておりますわ。少しずつ学べばよろしいんですよ。
お嬢様にとっては今回のデビュタントが最大の難関とお考えのようですが、学問はその時限りのものではありませんわ。今後も今回の知識が生きてくるんです。お嬢様のお考えとは少し違うかもしれませんが、ゆっくり進めましょう?」
首を少し傾けて、窓から差し込む日差しを穏やかな陽射しを浴びたキャロルはもう忘れてしまったやさしい祖母のようだった。
「では大体のことはわかりましたわ。
まぁ、皇室でもこんなに考えなしのパーティーはいたしませんでしょう。あ、これは『フランクに申し上げると』です。これではすぐに経済破綻を起こしますわ。
お嬢様もおわかりのように、お金は回っております。足りないお金はどこかから融通しなくてはなりませんね。それが今回はウェーザーとライオネスからの申し出がある。つまり、幾らかの出資の目処はついているわけです。それにいたしましても⋯⋯」
キャロルは丸眼鏡を指先でちょっと押し上げて、書類を顔に近づけた。
「高ければいいというものでもございませんから。ヒューズ様ともう一方には出資をがんばっていただくといたしましても、最高値のものが最上級とは限りませんから、やはりパーティーは趣味良くいたしましょう? おすきなお色は?」
「⋯⋯菫色です」
「お嬢様の瞳のお色ですね、エクセレント。金にも銀にも白にも映える、素晴らしくエレガントなお色ですわ」
わたしの本格的な経営に関する勉強は、デビュタントの準備から始まった。
◇
『ヒューズ様
頼もしい助っ人を付けてくださり、とても感謝しています。ベリー男爵夫人はとても気さくでウィットに富んだ楽しい方ですね。わたしたち、フランクに話し合えるようになりました。これもヒューズ様のお陰です。
夫人とお話しておりますと、その背中にヒューズ様がいらっしゃるような気がして、とても頼もしいです。
いつもわたしに最善を授けてくださってありがとうございます。わたしも御恩に報いて、パーティーでの予算の縮小に励もうと思います。
夫人との目標は、縮小ではなく、趣味の良いパーティーです。
ニィナ』
◇
新名は頭の片隅から様子をじっと見ていた。
貴族の暮らしも大変ね、確かに格式は保つべきだもの。
わたしたちの世界でもブランド名だけで、それがいいものか悪いものかは関係なく良しとすることもある。でもそれは成金趣味、なんて言われたり。
お金のことだけでも大変なのに、趣味の良いもの⋯⋯これはわたしの手に負えないわ。
キャロルは素敵な人のようだから、今回は眺めてるだけでいいかも。
それにしてもヒューズ様は人たらしね。きっともっと隠し駒があるんだわ。
⋯⋯ヒューズ様との人生も大海原を旅するみたいで楽しそうではあるけど。
レイモンド殿下は金髪、赤眼、王子様属性だもの、あんな方に見初められたら十六の女の子はぽーっとなっちゃうわよね。
でもニィナの結婚相手選びは、さすがにわたしからなにも言えない。人生の変わる決断だから。
まずは素敵なデビュタントを――。
豪華なドレスで大きなパーティーに出る人生なんてあると思わなかった⋯⋯。
◇
翌朝はスッキリ目が覚めて、キャロルも一緒に朝食をした後、書類に目を通しながら、まず、物の値段の相場、というものについて教えていただいた。
ドレス一枚からフォーク一本まで。
それから収入についての相場の話になった。どんな仕事だと年間収入は概ね幾らくらいなのか。
知らないことばかり、考えたことのないことばかりがビュンビュン話に出て、頭が追いつかない。たくさんのメモを取った。
「こちらの伯爵家で朝食で使われていたスプーンは、皇室でも使われているリボーン社の物です。贅沢ですわねぇ。朝も夜も、夢のようなお食事ですわ」
「そうだったんですか、全然そんなこと、考えたことがなかったです⋯⋯。母がまた食器を変えたんだな、くらいにしか」
「ほら、今使っているこのティーセット、こちらはブルーレースと申しまして、この独特の青が特徴で、社交界でも大変、人気のある物なんですのよ。ロマンティックなブルーですわよね。絵付も可憐ですし。
私などは仕事で食器類も選びますけれど、どんなに高級で人気の高い品物でも、それはその場に相応な品物を用意しろと言われたからで、なんと言ったら良いかしら、自分の趣味全開というわけにもいきませんし、十分過ぎる報酬はいただいてますからあまり文句は言えませんが。
第一、ヒューズ様とリボーン社やブルーレース、ちょっとイメージが違いますもの⋯⋯」
キャロルは少し悲しそうな顔を作ったので、わたしはくすくすと笑ってしまった。
その横でリゲルが自分はどこで口を出したら良いものかと、こほんと小さく咳をした。
「あら、失礼。私ったらお喋りが多すぎるのが欠点なんですの。リゲル様もほら、もう一杯、お茶をいかが?」
「いや、その、私は本当に平民ですのでこのような⋯⋯」
「まぁ! 私も元平民だとお話したではないですか? 平民には平民にしかわからないこともありますでしょう? 私たち、良いお友だちになれると思いますわ」
言い切ったキャロルの目は輝いていた。そう、この人はキラキラしている。
今を輝くように楽しんでいらっしゃる。
平民から男爵夫人になって、辛いこともたくさんあったに違いないのに、こんなに笑顔なんですもの。
リゲルがたじたじになるのも当然ね。
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