第7話 裏切り

 ディナーは最悪だった。


 わたしがガーラント様と長々と二人きりで散歩をしたという話は城中の者が知っていて、みんなでひそひそ話してる中、居心地の悪いことこの上なく。

 そしてその話はもちろん、両親にも伝わっているわけで、質問攻めにあう。


「ニィナはガーラント様のようなやはり美麗な若い男性が好みなのかな?」

「······そういうわけでは。見た目で判断できないことも多いと思います」

「ほう、十六にもなるとなかなか大人になったようだな。感心する答えだ」


「貴方、ニィナの誕生日は秋ですわ。デビュタントと合わせてお祝いするよう、大掛かりなパーティーを考えておりますの。時間をかけて準備しますわ。

 ニィナのドレスは最新ファッションを取り入れて、食器も料理もお花も、その話題で持ち切りになるようなものにする予定ですの!

 公爵夫人もいいアイディアだと仰ってくださって!」


 もちろん、お父様はその意見にご機嫌良く相槌を打った。······話題で持ちきりですって? それ、別の話題ではなくて? 今にも没落しそうな資産のないオースティン伯爵家が見栄を張って大層なパーティーをしたと?


 ······考えただけで頭が痛い。


 わたしが理由になって、我が家の財産が消費され、それを補填するようにわたしは政略結婚をしなければならない。

 もちろん、ガーラント様もヒューズ様も悪い方だとは思ってはいない。······いないんだけど。

『恋』なんて、一生、降ってこない、まやかしなんだわ。


「お嬢様、お食事が進んでおりませんが」

「······喉を通らないの」


 ロシナンテはいつもならしっかり食べるようにわたしに言って聞かせるのに、今日は違った。


「食後のデザートを先に出させましょうか? 今日のデザートはレモンのシャーベットですよ。おすきでしょう?」


 珍しくやさしいことを言うロシナンテの顔を振り向いてじっと見た。長年のつき合いなのに、全然表情を読めない。もっと、直接的に言ってくれたらいいのに。

 例えば「お散歩でお疲れでしょう」とか「殿方と長い時間ご一緒して緊張なさったでしょう」とか、なんとか、そういうの。そういうのを言ってほしい。


 悲しくなってくる。

 自分が価値のない人間に思えてくる。


「······料理、ちゃんと食べるわ」

「ご無理なさらずに」


 さっと下がるロシナンテにムカつく。ロシナンテくらいしか、わたしの気持ちを話せる長いつき合いの者はいないのに。

 レモンのシャーベットは、悲しみをちょっと和らげてくれた。


 ◇


 食事を終えると、後ろ手を組んでロシナンテが立っていた。傾いた月が、彼の影を長く引き伸ばす。

 家族がそれぞれの部屋に戻って、使用人たちも持ち場に戻る。ロシナンテは仕事がないのかしら、と不思議に思う。彼はくるりと振り向くとわたしの方を向いた。シルエットだけで、顔はよく見えない。


「お嬢様、お腹は大丈夫ですか?」

「ええ、なんとかすべて食べてしまったわ」


 まるで食い意地が張ってるようで恥ずかしくなる。でもロシナンテ相手に気取る必要もないか。わたしがわたしらしくても、別に問題はない。


「あれだけ長い時間、散歩をなさったらお腹も減ったことでしょう」

「⋯⋯散歩というより、立ち話の方が長かったから」

「お話ですか?」

「ええ、パーティーの時の話をね。叱られてしまったわ。男性と二人でバルコニーに行くなんて不用心すぎると」


 ロシナンテは黙ってしまった。まるで時間が止まってしまったようで焦る。

 長い影がゆらりと揺れる。


「申し訳ありません。私が半獣でなければお嬢様について会場に入ることができましたものを」


 跪いたロシナンテの姿に驚く。たてがみが、さらりと垂れ下がる。月の光に、たてがみがツヤを帯びる。


「やだ、ちょっと立ち上がってよ。そんなのおかしいから。わたしたちの間でそういうのはいらないから」

「そういう訳には参りません。私は家臣ですから」


 冷たい声だった。彼の口から発せられた言葉とは思えなかった。知らないうちに草食から肉食に変化したのかと思ったくらい、動揺した。


「ねぇ、誰も聞いてないから言うけど、わたしたち、『お友だち』になったよね?」


 ロシナンテはようやく顔を上げた。少しホッとする。でもいつもはなにも語らない瞳が、今日は言いたいことがあるんだというばかりの意志の強さを見せていた。


「お嬢様、私はお嬢様に嘘をついておりました。私は家臣である以上、お嬢様のお友だちにはなりかねます。まして半獣であればなおのことです」

「でもお父様はわたしの友だちになるようにって、あなたを連れて来たでしょう?」


 静まり返った廊下はどこまでも続くようだった。わたしたちの鼓動も、吐息ひとつも聞こえない。耳がおかしくなったと思うくらいの静寂がしばらく続いた。


「旦那様が私をお連れになったのは、決してお嬢様のお友だちを与えようとした訳ではありません。あくまで遊び相手として、私はここに来ました」

「嘘つき! 『お兄様』にはなれないけど『お友だち』ならなってもいいって言ったじゃない! じゃあ今までずっと良くしてくれたのは、お父様の家臣だから?」

「⋯⋯そういうことになりますでしょう」


 こっちが泣きたくなって歯を食いしばっても、相手は表情ひとつ変わらない。いつも同じ、感情の表れない顔なのだから。


「⋯⋯ひどいわ。ずっと信頼してたのに。じゃあわたしがお嫁に行ったら、ロシナンテは一緒に来てくれないってこと? 今までずっと一緒だったのに!」

「お嬢様、少し冷静に考えてみてください。お嫁入りの際、連れて行くのはほとんどの場合、側仕えの侍女だけでしょう。男で、まして卑しい半獣のわたしがどうしてお嬢様についてほかの城に入ることができるでしょう?」


 冷静に、なにを考えろと言うんだろう? ロシナンテがいるのがわたしの日常で、いなくなったら寂しいに決まってる。複雑な相談に乗ってくれる相手もいなくなる。

 ちょっと甘えたい時だって、ロシナンテなら実際甘えさせてくれなくても気分が良くなる魔法をかけてくれる。それなのに――。


「お輿入れとなればなにかと不安があるでしょう。しかしアンは少なくともお嬢様とご一緒するでしょうし、お嬢様が心配なさっているようなことはすべて、これからはお嬢様の夫君が一緒に解決してくださるんです。

 なにもひとりで悩むことはなくなります。一生、どこにでも一緒に行ける人ができるんです。私のような者のことなどすぐに忘れてしまいますよ。幼い頃の思い出のひとつとして」


 我慢ができなかった。

 その場で泣くことさえできなかった。なぜならそこで泣いても、今はロシナンテが親身になって慰めてくれるとは到底思えなかったから。


 なにも言わず、自室に早足で向かった。その時、わたしの頬はもしかしたら涙で濡れていたかもしれない。



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