77話

 千木楽は龍康殿を足技でなんとか戦っている。


(両手が使えないからと言って戦えないわけじゃないな。少しバランスが崩れそうになるがなんとか大丈夫だろ)


 彼はどんどん攻撃をする。


「なんで、貴方は私を痛めつけているのですか……。私たち仲間じゃないですか!」


「それはお前の妄想だ! 俺はSAT総長の千木楽真心だ! テロリストの仲間ではない!」


 目にも留まらぬ速さで足蹴りをしまくる。

 連続攻撃をした後に彼はドロップキックをお見舞いした。

 龍康殿はその反動で後方に転ける。そろそろ勝てそうだ。


「よし! このまま突っ切るぞ! 俺は無能だから死ぬ気でやるしかない!!」


 倒れた初老に向かってまた戦闘を続ける。

 しかし、龍康殿は近づいてきた千木楽に対しSFをつけたのだ。


「う、うぎゃぁぁぁぁぁぁ、痛い痛い痛い!」

「はぁはぁ、私はこの瞬間を待っていたんです。油断している頃だと思っていましたよ。これで戦力は充分です」


 龍康殿は不気味に笑みを浮かべ、総長の苦しむ姿を楽しんでいた。


(やばいやばいやばいやばい! このまま洗脳される! どんどん俺の意識が……遠のく……。俺は今何しているんだ!)


 千木楽は焦っていた。


 (俺は龍康殿様のためにあの呪われた子を始末しなきゃ……いや、そう言うことはさせねぇぞ! 絶対に柊を助けるからな)


 彼はいま葛藤している。洗脳されるかされないかの瀬戸際だ。

 どんどん意識が薄れるものなんとか耐えている。


「そこの人、今から助けますからね!」


 惺夜が筒先合わせ撃ちながら走る。彼を助けにきた。

 弾丸は上手く龍康殿に当たる。もう弱りかけていた。


「?! 柊! 今から何を」


 千木楽は心配そうにする。


「……見ればわかります」


 惺夜は一歩も動けない龍康殿の口の中に爆弾を咥えさせる。


「ふごぉ! な、なひを!」

 初老は自由に喋れない。


「このままこいつをこの爆弾で殺す! 大丈夫、この爆弾の扱いはなんとか覚えている。威力を、屋上内だけにして爆発音も抑えた。怪我している貴方は早く逃げてください!」

 少年は千木楽にそう命令する。


「……なんで俺がひぃひぃ逃げる必要あるのか」

 千木楽は真剣な表情で言う。


「死ぬのは俺だけでいい! お前こそ逃げろ!」

 彼は惺夜に向かって激怒し、言葉を吐く。


 それを聞いた記憶喪失の少年はこう質問する。


「……貴方の名前はなんて言うんですか?」

「――俺は千木楽だ」


「千木楽さん、どうやらこれは俺とのこいつの因縁の戦いだったんですよね。それでしたらここで責任を取ろうと……」


「うるせぇ! そんなのはどうでもいい! お前もバカなこと考えてないで逃げろ……うぅ、柊の子を殺さなきゃ――」


「……なんだか、めんどくさくなってきた。もうピン抜いちゃいますね」


 その言葉を聞いた龍康殿は冷や汗をかいた。

「や、やへほぉ!!」


 しかし、自分を神だと思っている初老の祈りは届かない。

 惺夜は爆弾のピンを抜く。数秒後、爆発するのだろう。


「な、なんてことを! ここは俺に任せて逃げ……。龍康殿様……龍康殿様ぁぁぁぁ!」


 千木楽は惺夜に向かって襲い掛かる。

 そして、押し倒した。


「……すまない惺夜、俺は限界だ! せめて……せめてお前を助けるためにも……。うぎゃぁぁぁぁぁこいつを始末する!!」


 千木楽は急に惺夜の顔を蹴り飛ばす。それもボコボコにだ。


「や、やめろォォォ俺! 柊を痛めつけるなァァァ!」


「くっ、がはっ!」

 心が辛そうに苦しむ惺夜。


「ダメだ……痛い、痛いよ。パパ、ママ」


 もうダメだと千木楽は考えていた。


「どうすれば……そうだ、柊! 俺の首についてある装置を持っている拳銃で撃て! これは最後の命令だ!」


 惺夜はハッとし、命令通り動く。


「わ、わかった。それで装置が止まるんですね。それでは」


 惺夜はSFの装置を弾丸で壊す。



 次の瞬間、屋上中、光に包まれた。爆弾が発動したのだ。




「柊! 危ない!」


 すると、千木楽は記憶を失った少年をかばうように守る。


「千木楽さん……俺のことをかばってくれて、ありがとうございます。これで俺とあいつの因縁が断たれる」


 表情が柔らかくなる惺夜。千木楽、つばきに対して、感謝の言葉でいっぱいだ。


「千木楽さん、記憶を失う前の俺、そして西園寺さん――」




「nice fight――――」




 屋上から爆発音が聞こえた。

 つばきは木の茂みに落ちている。

 残っていた能力で、なんとか落下ダメージを抑えていた。


 そして、彼女は両手を顔に置き、大粒の涙が溢れ出す。


「うう、惺夜くん……、千木楽さん……。なんで、なんで――」


 涙が止まらない。泣くべきじゃないと知っていても泣いてしまう。


「惺夜くん、私の記憶からいかないで、消えないで……。貴方のことを尊敬していた。どうして――」


 惺夜との楽しかった思い出が泡沫のあわのように消えていく感覚。もうあの日には戻れないんだと少女は感じた。


「苦しい……苦しいよ。助けて、助けて――。悪い夢なら覚めて……お願い」


 また表情が崩れていく、彼女に似合わない涙。

 人魚姫の泡のように儚い光景が今でも残っている。


 少し落ち着いてきたつばき。彼女はこう決意した。


「……わかったわ。私、惺夜くんや千木楽さんの分まで生きて、幸せに暮らすよ。いつまでも」


「たとえ人生に霧がかかっても、惺夜くん達を思い出して頑張るよ。貴方達の活躍に比べたら、私なんで屁でもないのよね」


 少女ののうりょくは、もう羽ばたかない。

 だけど、希望という羽は掴んでいた。


 とても長い昼が終わりを告げる。

 きっとこの出来事はSAT学園の事件は永遠と受け継がれるだろう。


 数時間後、彼女は学園でSATメンバーと一緒に司咲と凪に会い、事情を話す。


 司咲もつばきのように泣き崩れ、数十分は涙が止まらなかった。

 少しして、思い出したようにつばきも泣いてしまう。


 ――もう戦いが終わったのだ。いろんな人を犠牲にしながらも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る