75話

 唐突なことで彼女はびっくりする。

 しかし、プッと吹き出し、顔がほぐれた。


「なに冗談言っているの、惺夜くん。そのギャグは面白いわ」

 クスクスと笑うつばき。

 だが、少年はこう考えていた。


(横にいる女の子は誰なんだ? なんで俺、こんな危険な場所にいるんだろう)と。


「冗談……? 俺は貴女のことは知りませんよ。何だかよくわからなくて――」


 彼は、本当にここがどこかわからない表情で、つばきの方を見つめる。

 彼女はやっと察した。


「もしかして、この戦いで記憶を失ったの……? どうして……? もしかして私が渡した能力の代償――」


 つばきは泣きそうになる。

 テロリストのボスを倒したのに、肝心の親友は記憶喪失になっていた。


「惺夜くん! 本当に私のことを覚えてないの?! 私だよ、西園寺つばきよ!」

「西園寺……? 本当にわからない、だけど考えれば考えるほど、頭が痛くなる。すごく辛い、キツイ、誰か助けて――」


 記憶を失った彼は、頭を抱えながら、弱音を吐く。

 心の奥底から、助けてほしい。

 彼女は少年の心読めるような気がした。まだ能力は弱くなりながらも、残っていたのだ。


 そしてつばきは惺夜を抱き締める。


「ごめんね、惺夜くん。私のせいでこんな目に合わせちゃって、私がいなかったらこんなことにならなかったはず……」


 記憶を失った少年は何もできずに彼女の方をただ見つめるしかなかった。

 少しずつ涙が溢れる少女。泣き崩れそうだ。


「でもこの能力を渡さなかったら、貴方は人じゃなかった。どんどん壊れて化け物に近づいていく気がした。私はそれが怖かった、だから能力を分けた。だけど――」


 どんどん涙声になる彼女。


「こんなことになるなら、最初から、貴方と会うべきじゃなかった……。そうしたら惺夜くんは記憶を失わずに幸せに暮らしていたはず! だからこれは私が悪いの!」


 表情を涙で壊しながら、懺悔する少女。


「でも、私は貴方に会えてとても幸せだった。楽しかった、だから本当は会うべきじゃないと言いたくない。だけど、会ったから惺夜くんはツライ目にあった。私の中で葛藤し、脳内に駆け巡って訳がわからなくなる」


 つばきは少年の方に顔を合わせる。


「ねぇ、私は悪い人だったかしら……。私は矛盾が孕んで、もう考えられない――。ごめんなさい、本当にごめんなさい――」


 彼女は泣き喚く。混乱していた。

 どうすれば良かったか、か弱い脳でどんどん考えが鈍くなる。


「……それは違うよ、西園寺さん」


 惺夜は重い口を開いた。


「貴女の言っている状況は、わからないけど、記憶を失う俺は、何だか幸せだった気がするんだ」


「幸せ……」彼女は少しずつ泣き止む。


「そう、多分君に会えて本当に喜んでいたと思うよ。『一緒にいてくれてありがとう。西園寺さん』と記憶を失う俺はそういうだろう」


「本当にそう思っていたのかしら、もしかしたら私のことを恨んで――」


「気にするな、人は何かしない限り、嫌われたりしない。正直、君が悪い人だとは思えない。むしろ、いい人だよ。何もかも忘れた俺に対して、嫌な感情を出さない」


「ええ! そうよ、貴方は私にとっての親友だから! もちろん司咲くんもいるけど、三人で一緒にいて楽しかったわ!」


「司咲くんが誰か知らないけど、君が楽しかったならそれで充分さ、何も悪くない。だから自分を責めないで西園寺さん」


 二人は強く抱き締める。まるで親友との別れのようだった。

 それを離さないために、強く、さらに強く身体を寄せる――。




 

 その頃、ショッピングモールにいる凪と司咲は、一通り救助し終え休憩していた。


「ふー、やっと終わりましたね。天羽さん。そろそろつばき達が倒しているはずです」司咲は嬉しそうにいう。


 しかし、凪はそんなこと考えてはなかった。


「……どうかな。嫌な予感がするよ」


 彼はよくわからない発言するので司咲は、はてな顔になる。


「嫌な予感……? いやぁーそんなことないと思いますよ」


「……気のせいならいいんだ、気のせいなら」


 凪は心配そうに上を向く。つばきや惺夜に何かあってほしくないからだ。






 そしてSAT学園ではつばきが惺夜と一緒に手を繋ぎながら、

「惺夜くんが記憶を失っても大丈夫! 私が何とか思い出すように努力するから」

 とニコニコと話す。


「そうか、それなら良かった。ありがとう西園寺さん」

「いえいえー」


 龍康殿の遺体を横切り、つばきと惺夜は笑みを浮かべなら、屋上を去ろうとする。


 だが現実は残酷で、凪の予感は的中した――。



「……おいクソガキ共。よくも私をコケにしてくれたな」



 後方から、もう聞きたくない声が聞こえる。



 その声の正体は“龍康殿”だ。



 初老の彼はまだ倒されてなかったのだ。

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