最終決戦

72話

「――無事だといいけど」


 彼女は学校の中に足を踏み入れた。


 能力サナティオを備わった少女は、戦闘中の二人を探し回る。


「気配は感じるのに見つからない……。どうして」


 見つからない理由。

 それは、暴走形態カロルナに覚醒した惺夜のオーラが強すぎるから。


 強すぎて逆に探しづらく見えにくい。

 光が輝くほど、眩しくて闇が深くなるように。


 彼女は力に限り、彼らを見つけるために集中。

 すると、かすかな灯火のオーラを感じた。


 それを頼りに、つばきは急いで向かう。


 少女は光を感じる場所にたどり着く。

 オーラの正体は千木楽。彼が息途絶えそうになっていた。


「千木楽さん?! う、腕が……」


 急いで腕を失った千木楽を、治癒させるつばき。

 このまま回復させたら腕が治らないことを、彼女自身知らない。


(……禍々しいものが強くなっている。近くに……)


 つばきは気分が悪くなる、闇に飲まれる感覚だ。


 その方角へ向いた。


 彼女の目の前に映っていたのは、惺夜ではない何かと、テロリストのボスが戦っている様子……。


 いや一方的に、ボスを殺そうとする惺夜の姿だ。


 禍々しいオーラの正体は、惺夜だった。恐ろしい事実に戸惑う彼女。


「惺夜くん……」


 胸をぎゅっと押さえる少女。


「い、今から助けるからね……」


 つばきの表情が強張る。


 彼は龍康殿を治癒しながら、ひたすらボコボコにしている。


 まるで皮肉の天使あくまのようだ。


「俺は何も守れない、なら壊せばいいんだ。もうあんな綺麗事は必要ない! 世界は俺のものになる。もう誰も守らねぇ。俺は俺の本能のままに動いてやる」


「もうやめて! 惺夜くん!」


 つばきは後ろから惺夜を抱きしめる。

 暴走者は振り向く。そして、叫んだ。


「う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 離せぇぇぇぇ!」


「落ち着いて! 私はここにいるから!」


(……その声は、つばきだな。壊さないと、壊さないと)


「つばきぃ……。つばき!」


 惺夜はつばきの目がけてエルボー。


 いくら、彼女が能力サナティオに覚醒しているとはいえ、暴走形態の攻撃には耐えられない。


「ぐぅ……はぁ……」

 攻撃された覚醒者しょうじょは声を漏らす。


「死ね……死ねぇ!」

「し……死なないわ。惺夜くんを助けるためなら」


「うるせえ!」

 暴走天使は彼女の胸部に向かって弾丸を放つ。


 だが、つばきはアーミーナイフ取り出し、火薬の入った鉛じゅうだんを切り落とす。


咄嗟の判断とっさのはんだんは褒めよう。だが、お前を殺す」

 と、すぐさま彼はつばきの顔をつかみ、地面と接吻するように床に叩きつける。


 勢いつけてドンドン、ドンドンと彼女から鼻血が出るほど傷つける。

 目覚めた能力のおかげで、怪我は最低限に抑えられているが、心までは癒やせない。


 惺夜はそのまま、少女を持ち上げる。女の子のお腹目がけて重いパンチを喰らわせる。


 つばきから、ナイフをカランと床に落とした後、得体の知れないものを吐き出した。

 その後、表情は苦虫を噛み潰したように苦しむ姿。


 彼はバンバンと攻撃する。銃弾を足に向かって撃たせた後。

 髪をつかんだり、喉にチョップしたり、痛みつけていた。

 何度も、何度も、何度も。つばきの精神はもう限界だった。


「はあ、はあ……。い、痛い。つらい、きついよ……」


 涙声になる少女。心が悲鳴を上げるほど、煩悶はんもんしていた。


「ははは、良い声だ。そのまま壊れろ」


 暴走した彼は、落としたアーミーナイフを拾う。

 つばきの柔らかいお腹に向かって尖った刃物を突き刺そうとする。


 ギラりと光る鋭利が走り、あと数ミリで刺せる距離。素早く腹部まで辿りそうになった。


 だが、それも失敗に終わる。


 彼女は刹那の間に刃物をとめたのだ。

 直接つかんでいるのか、能力サナティオ覚醒者の手のひらには、真っ赤な液体が垂れる。


「……捕まえた。良かった、死ぬ前につかめて」


「くぅ、離せよ。クソアマ!」


「離さない! 離したら貴方が消えていきそうで……だから」


「黙れ! この、この!」

 惺夜は蹴りを何回も入れる。


「惺夜くん! そのボスと戦ってつらかった、気分が悪いよね」


 彼女はただ必死になだめる。本当に必死で声が荒げている。


「私は……そんな惺夜くんなんて見たくない!」

「……お前に何がわかるんだよ」


「いま貴方は、謎の能力に支配され、飲み込まれているの。だから耐えて!」

「俺は飲み込まれていない……世界に失望しただけだ」


「……惺夜くん!」


 つばきは、ナイフを遠くまで投げ捨て、暴走している彼を強く抱きしめた。


「惺夜くん、ごめんね。貴方をこんな目に合わせてしまって」


「あのとき、私達が別れてテロリストの女の方へ、いかなきゃ良かったね。惺夜くん」


「離せぇぇぇぇ! 俺に殺させろぉぉぉぉ!」


「自暴自棄になるのも当然だよ。私のせいなんだから。最初、テロリストに洗脳されてなかったら……」


「あああああああああああああああああああああああ!」


「大丈夫、大丈夫……。貴方と千木楽さんはいっぱい頑張った。とても偉いよ」

 暴走天使せいやをあやすつばき。その態度に彼は激怒した。


「俺をガキ扱いしているんじゃねぇ!!!!」


「今日は守ってくれてありがとう。今度は私が貴方を守る番。助けるからね」


 彼女は暴走した天使の右手を心臓に近づける。

 添えた瞬間、どんどん気持ちが落ち着いていく惺夜。


「この気持ちは……」


「能力の使い方は、まだ知らないことばかりだけど。私の持っているもの……捧げるわ」

「捧げる……。情けない俺のためにか」


「ええ、そんな情けない貴方が好きよ。尊敬している意味で」

「……忌子なんだぞ」


「あなたは忌子なんかじゃない。弱い私を助けてくれたから。微笑む天使のように」

「天使……」


「戦っている空虚な天使テロリストよりも、惺夜くんが天使らしいことしているよ」

「つばきも、俺にとって天使だ。憧れている」


「……ありがとう。だから──」

 照れ隠しにつばきは声を出した。


「私と一緒に守りましょう、柊の天使せいやくん。 五月雨雲さみだれぐもを貫き、青天へと羽ばたいて」


 惺夜も理解していた。


「――――わかったよ。椿の天使つばき。お前の優しさのうりょく受け取った」


「私も貴方の能力つらさが、わかったわ」


 突如、純粋な閃光に包まれる二人。その場から動かない。

 龍康殿は、恐怖心から遠ざかり、全力で能力を解放させる。

 銃を二人に筒先合わせ、発砲。しかし、無傷。弾丸がハジき、効いてなかった。


「……まさか、全力出しても掠めるかすことすらできないとは」

 スーツ姿の彼は冷や汗をタラリと垂らす。


 彼の人生の中でも、この光景は知らないことだった。


「つばき……心臓熱くないか? 大丈夫?」

「ええ、平気よ。惺夜くんがいるんですもの」


「俺がいるから……か、なんか恥ずかしいぜ」

「ふふっ、そんなことないよ。さあ、戦いましょう」

 

 つばきは彼の手を握る。

「ああ、俺の因縁のために、つばきのために、そして学園のために……」


「俺らは手を取り合おうな」


 惺夜がそう言い放つと、閃光が少しずつ落ちていき、二人の姿が現れた。

 彼らの見た目が変化している。

 オレンジと水色のオッドアイや黄色と藍色でもない。


 少年達のラムネ瓶のような透き通った目は紅色と白色。

 まるで赤い椿と柊の花みたいだった。


 惺夜には白い翼、つばきには赤い翼がついている。

 実際ついているのではなく、オーラが天使の羽みたいに見えるのだ。


「これが俺達の力……」

「そう、私達を助けてくれるものよ」


「世の中わからないことばかりだ。混乱してしまうな」


「大丈夫、そのときは私がゆっくり教えるから」

 彼女はにっこりと笑う。


「お前は優しいな……助かる」


 少年達は、胃が悶えそうな緊張感を払いのける会話をする。


 龍康殿は青い竜の鱗のような涙を流しながら、この状況を味わっていた。


「素晴らしい……。NaSOEでも、cerebrum regnum世界快楽、泥を啜れでもない未知なる覚醒」


 興奮が抑えきれないW・Aの親玉。


「命名しよう、その名はVale camellia theaワレー カメリア テア。意訳は――」






「『椿色の弾丸と記憶』」

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