70話

「つばき! いけるか?」


「できているわ」

 つばきはフィアナに筒先あわせる。


「せめて、大切な人と同じところに行けるといいわね。貴女の心情は理解できるから……。私を愛してくれて嬉しいわ。だけど罪は認めて……」


 つばきは、引き金を引き、発砲。反動で後ろにのけ反る。


 フィアナは、つばきの弾丸を避けることもせず、ただ受け止めた。


(ついにこの時がきたのね。知っていた、前の組織に所属した頃から。やっと、楽になれる。なれるのね。龍康殿様には悪いのですが、先に堕ちていきます。貴方のことは、尊敬していましたし、救世主でした)


 フィアナの心臓に正義の光だんがんが貫く。彼女の意識が遠のく。


(そして、海斗……貴方の事を愛していたわ。兄弟としてではなく、異性として……)



 

「何言っているんだよ。フィアナ」


 男の声が聞こえる。銀髪の彼女にとって、聞きなじみのある声。


 目を開くと、緑と水色を交えた空の色。そして、黄緑色の草木が茂っている。奥に神々しい光が見えた。


 女性は声が聞こえる方へ向く。


「か、海斗……?」


 フィアナの体勢は仰向けに倒れており、海斗は倒れている彼女の近くで膝に手をあて、前屈みになっている。


「他に誰がいるんだよ」

「それもそうね。貴方しかいないですもの」


 銀髪の彼女は立ち上がる。そして、海斗の目を見つめる。


「貴方にあえて良かった。私一人だったらどうしようかなと」

「フィアナは強いから、一人でも大丈夫だけどな」


「ふふっ、私はそこまで強くないよ」

 くすくすと笑う彼女。


「だって、俺が死んでからも、組織のために、働いていたじゃん」


「まあ、龍康殿様が、いたから……」


「……俺を殺した龍康殿様を、恨んだりしてないだろうな」


「心の奥底から考えてないわ。あれは事故だったんだもの」


「良かった。もし恨んでいたら、お前の事嫌っていたぜ。元はとはいえ、俺のせいだし」


「そういうと思った。この話はおしまい」

 フィアナは手をパンと叩いて話を終わらせる。


「俺もになりたくないからな」


「海斗がいるって事は、私は死んだってことね。ここは死後の世界かしら?」


「まあ、そうだな。もっと詳しく言うなら分岐点の場所だな」


「分岐点……?」首を傾げる彼女。


「いわば、天国か地獄の分かれ道って訳」


「……理解したわ。結果はわかっている」


「俺もさ」

 青年はぶっきらぼうに言う。


「なんで海斗はここにいるのかしら? 死んだことを知らずにさまよっていたとか」

「いやそうなんじゃないよ。ここの場所は何年でもいられるんだ」


「何年も……まさか! ずっと私の事を待ってくれて――――」


「その通り。予想だと、フィアナ強いから、もっと遅いんじゃないかなと考えていたよ。外れたね」


「……それでも、待っていてくれた?」


「当たり前だろ? 話がそれたな。ここの空間に神々しい光が見えるだろ? あそこの中へ入ると自動的に天国か地獄にいけるんだ」


 おとぎ話のような設定を言う海斗だが、なぜか納得する彼女。


「教えてくれてありがとう。こんな汚れた私でも好きでいてくれる?」

「もちろんだよ」


「本当に……?」

「おう! だって、俺たちは兄妹みたいに仲良いからな」


 海斗の言葉にフィアナは不満そうに言う。


「ねえ、海斗。私はそんなこと考えてないの」

「えぇ! もしかして嫌っていた?!」


「いえ、大好きよ。兄妹としてじゃなく、として」


「異性として……。そうだったのか」


「私はSAT所属した頃から、好きだったわ。告白したかった。だけど勇気が出なかった。嫌われるのに恐れていたのよ」


 彼女は呼吸を整え、「昔はね、でも今ならいえる……。言わなきゃ」そう決意する。


「海斗、貴方を愛していた。心が苦しいほどに。私と恋人として付き合ってください」


 本心を伝えるフィアナ、魂となった海斗は戸惑っていた。


「……ごめんなさい。急にこんなこと言って。イヤだったよね」


「……いいや、そんなこと考えてないよ。むしろ嬉しいさ」


「本当? ありが――」


 フィアナが感謝の言葉を口にする前に彼は彼女を抱きしめる。


「フィアナ、生きている間、つらい事を背負わせてごめんな。お前が俺のこと愛していたのに先に死んじゃって」


 海斗の優しさと抱きしめた感触がとても心地よく感じる銀髪が似合う乙女。


「ううん、全然苦しくないわ」


「嘘を言うのはやめろ。本当はつらくて泣きたいんだろ?」


「……ええそうよ。本当はつらくて泣きそうだった。だけど貴方の好きなタイプを演じて乗り越えた。龍康殿様や私の後輩にあたるもいたから大丈夫だった」


 表情が少しずつ崩れていくフィアナ。


「もう限界、私の罪が重くなっていることに、疲れてきたわ」


「わかっている。わかっているから」


「泣いて楽になって良い? 海斗」


 彼女は鼻声になりそうだ、あと1秒で泣きそうになる。


「ああ、いっぱい泣いてスッキリしてくれ」

「ありが……と……うぅ」


 フィアナの可憐な瞳から大粒の水晶なみだを流す。

 二人しかいない空間で、彼女の大きな泣き声が響く、響く。

 その声は生前のつらい記憶を忘れるようにも海斗はそう感じ取った。

 銀髪の彼女の頬から罪のつらさを和らげる白雨はくうが降り出す。



「もう落ち着いたか? フィアナ」

「……ええ」


「安心した。さあ、俺も未練は達成したし、お前と光の先へいくか」

「……なんか言い方がロマンチックね。少し古いけど」


「古臭いは余計だよ……。そういえば忘れ物していたんだった」

「忘れ物? なにか――」


 海斗は唐突にフィアナにキスをする。

 突飛な行為に驚愕するも、彼女は受け止めた。


 フィアナは海斗と目を瞑り、唇を重ねる。二人はとても幸せそうな表情。心が踊る。


「さて、そろそろいこうか」

「――――――」


「どうした? もしかして怖いのか?」

「……ちょっとね」


「だったら、こうすればいい」


 海斗は、フィアナの手を繋ぐ。

 彼女の柔らかい手のひらに海斗のゴツゴツとした手の感触が伝わる。


「これで大丈夫だろう。安心しろ、俺がいる」

「まだ不安なの」


「そうか……。どうすれば……?」

「こうしたいな」


 彼女はつなぐ手を変えた。恋人つなぎだ。


「……なんか照れるな」

「私のこと愛しているんでしょ? このぐらい我慢しないと」


「……それもそうだな。お前の好きにしてくれ」

「ふふっ、ありがとう。遅くなったわ。いきましょう」


 フィアナは歩こうとする。海斗はまんざらでもなかった。


「いいよ。遅いのも悪くないから」


 二人は、光指す方角へ進む。進めば進むほどほんのり暖かく心地良い。


「私のことを待っていてくれて本当にありがとう。愛している」

「知っている。俺もさ」


 いい雰囲気になっている二人。だが、フィアナは切なそうな目で海斗の方を向く。


(もし、ここの景色が、私の妄想でも構わない……。だって貴方がいるんですもの)


 恋人達は光の先へと消えていった。まるでヴァージンロードを歩くように。いずれくる龍康殿も二人の祝福を願うのだろう――。

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