57話
グレネード弾を龍康殿に当てるも不発に終わる結末へなってしまった惺夜達。
「……絶対に仕留めたと思ったのに」
青髪の少年は、地獄を抜け出せる蜘蛛の糸が切れたように、絶望している。
「危なかったですよ、本当。この手榴弾が私にあたれば、確実に戦闘力を抑えられました。と言いましても、忌子と元メンバーを合わせて、私には遠く及びませんがね」
「……あんだけ、攻撃されていたのにか……?」
惺夜の煽りにも気にせず、ある程度ボロボロになった龍康殿はスタスタと歩き、少年の前に立つ。
すると、思いっきり、惺夜の腹部を殴る。
「ぐぶっ! かっ!」
重く鈍い音が、彼の内臓から伝わり、鼓膜に少し響く。
惺夜はなんとか持ち堪え、拳銃を構えながら、龍康殿を攻撃する。
青髪の右手の拳銃が、筒先光るのと同時に、そのまま初老に向かおうとする。正義感の強い男の子はあっさり返り討ちにされた。
「裏切りの子め。散々私を馬鹿にして……、私のことを恨んでいるのか……?」
「恨むのも当たり前だろ! お前の私情は知らんが、SAT学園を襲ったのは紛れもない事実だろ!!」
惺夜はダメージを負っているのに必死に攻撃をする。
それを見た龍康殿は呆れていた。鶏の羽をむしり取ったあと、首を切る畜産家の薄汚れた瞳と同じ見方をしていた。
「さっきまで私を存分に痛めつけたのに、今は鶏が首切られて袋のなかであばれるように、がむしゃらな動きだな」
龍康殿は惺夜を蹴り飛ばす。彼は後ろに倒れ尻餅をつく。
青髪の少年は立て直しながら、「鶏だってダンスしたい時もあるだろ?」と言い訳を言う。
「それはあるが、お前の求愛ダンスは雌鶏さえ見てくれない……。自己満足な踊り方だ」
「――――――」
惺夜は何も言えなかった。
「まあ言い訳をして、やっぱりあの女の血が入っているのは間違いないな」
「言い訳はお前だろ! ――うぐっ!」
龍康殿は惺夜の首を片手で絞める。
「どうした……? もうこれで終わりか? 私は嬉しいけどな」
「ま、また同じ状況だ……」
青髪の少年は、虚脱感に襲われる。
「ちょっと待ってくれ、呪われた子。ふん!」
龍康殿は生まれたての子鹿のようにか弱い能力を出す。
水と火の能力だ。
小さな焔を千木楽の周りに置き、一呼吸できない状況にした。そして、水の中に消えない炎を入れ、千木楽の身体を封じ込める。
無理やり外そうとすると。水が消えて炎で息の根を止められてしまう。
「なっ! ど、どうして俺を……!」
「見ればわかりますよ、元メンバーさん。あなたならこの呪われた子を助けるでしょう。それを阻止するためです」
(……う、動きたいが、動いたら俺の命が……。いや俺の命なんてどうでもいいんだ。春花、お前と一緒に行けるなら俺は死んでもいい!)
「そうそう言い忘れていましたが、炎はこいつにも被害が来るので気をつけてくださいね。洗脳されているから柊の子を助けたいんでしょ?」
(……俺だけじゃない、のか。なんていう外道)
「元メンバーの千木楽さんは失望しました。ついでに貴方を処刑します。私の手で清めてくださいね」
惺夜は首を絞められ。今にも死にそうだ。
「最初にこいつを殺してからですが」
──彼らを助ける人はもういない。このまま堕ちるしかないのか。
締めに締め付け、惺夜は力も出なかった。最初に逆戻りだ。
絶望した少年の目の前が真っ暗になる。霞む瞳、震える唇。意識が遠のく。そろそろ息途絶えようとしていた。
惺夜はおがくずの中をさまようような感覚。足掻いても、足掻いても、そこから抜け出せない状況。
必死にもがき続けるも、また埋もれてしまう。そんな感じだ。
(はやく! はやく! 抜け出さないと)
惺夜は立ちあがろうとするも体が動かない。絶望的状況だ。このままでは何も守れず死んでしまうことを恐れていた。
そしてズキズキとする心臓の音も聞こえてきた。
(足掻いても抜け出せないし、心臓の痛みも加速する。助けて、助けて、助けて。俺の中の正義)
惺夜の正義に聞いても、何にも言わない。──走馬灯が蘇る。
惺夜が生まれたこと。
小さい頃引っ越しばかりされたこと。
守った女の子と一瞬だけ遊んだこと。
父親の約束のこと。司咲と出会ったこと。
SATに入学したこと。
とある人と会ってサバゲーを楽しんだこと。
そしてつばきに出会ったこと。
ただし、同時に闇も来る。
父親も救えず母を泣かせたこと。テロリストに襲われた生徒を救えなかったこと。自分の弱さを知ったこと。
それも蘇ってきた。
(あ、俺はダメなやつだったんだ。俺が何もしてないからテロリストの親玉にやられるんだ。龍康殿というヤバいやつに)
惺夜はもう諦めていた。テロリストを倒すために考えた作戦が、ことごとく失敗してしまう。後一つのチャンスを逃してしまうことに後悔する。
心臓の痛みはだんだん強くなる。惺夜は苦しい状況だが、なぜか涼しい顔をしていた。
(なんだか俺は疲れたよ。何のために生まれてきたんだ? 俺は呪われた子なのか? 忌子か? それだから親父は去ったんだな)
惺夜はどんどん闇に向かう。
(洗脳されたつばきの言う通りだな。単なる自己満足だったかもな)
少しずつ堕ちていく少年。
(守れた数よりも、守れなかった数の方が多かったな。もういいや、もういいや、もういいや。もういい、もういい、もういい。邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。いらない、いらない、いらない)
少年は、どんどん堕ちる──。
(守れなかった、守れなかった、守れなかった。守れなかった、守れなかった、守れなかった。守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった)
無気力にもなっていた惺夜。
(なんか人を守るとか、つばき達とドーナツ屋に行くことがどうでも良くなってきたよ。なんかもう面倒臭い)
どんどん堕落していく。
(全てがどうでもいい。何もしたくない。何も考えたくない。ただボコボコにされていることを客観視でしか見られないや)
惺夜の心臓が、限界を迎える。
(もうどーでもいいや……こいつもあいつもSATもつばきも全部壊したくなってきた)
(俺が世界の中心だ……! 知能定数が低い下界ども)
もう諦めていた、なんでもよくなってきた、青髪の少年。
惺夜は息途絶えた。そしてつかさず、心臓に筒先合わせ弾丸を込め撃つ。確実に殺すため。
それを見た千木楽は(嘘……だろ。お、俺が無能なせいで……)と申し訳なさそうに謝る。
そして、不気味な笑いをしながら龍康殿は惺夜を殴る。重い音が響く。
彼はいま呪いの子をボコボコにしている。殴っている表情はとても楽しそうだ。
「やっ、やっと私は救われるんだ! そして助けてくれと願っていた人々にも救える。私は神になるのだ!! いや天使にも擬態できるぞ!!」
左右に腹部、喉、胸部、脚。全て殴り続ける。龍康殿はとても愉快である。そういう気分だ。
──惺夜から光り輝くオーラが見える。
ボスはたまらず目を伏せる。
光り輝くオーラには、なぜか禍々しさが備わっていた。まるで闇に落ちそうな血の池のように、ドロドロとしている。
(めんどくさい、どうでもいい。いいんだ。全部を壊してしまえ。全部、全部、全部)
惺夜の目は正気じゃない。
「――全てが醜い存在だ」
惺夜の身体に異変が起きる。
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