56話

 青髪少年は何か薬品を投げた。それを見た千木楽は急いで避ける。


 投げた薬品は『硫酸』だった。


 龍康殿は焦りながら能力を発動させた。地面から盛り上がった土壁を使い、硫酸を防御する。


 ──土といえど、龍康殿から作り出された架空の土にせもの。硫酸如きで溶けてしまい、真ん中に大きく穴が開く。


「ありがとうな、柊。助かったぜ」千木楽は、にこりと笑う。


「おやおや、流石に硫酸は溶けますか。危ない、危ない。確実に溶けるところでした」


 龍康殿は、顎ひげを自慢するように見せながら顎に手を乗せる。


 それを見た惺夜は一つ質問をする。


「やっぱり避けるよな。質問だが、溶けた能力は使えるのか?」


「癪な質問ですね。一時的には使えませんが、刹那の時間待てばすぐ復活します」


「そうかしばらくは使えないんだな」


 惺夜はそういうと、間髪入れず薬品を二本投げる。


「龍康殿! 絶対に火を使うなよ!」何故か、彼は龍康殿に注意する。


 そして、気がついた。惺夜がどう言う意図で発言したのかを。


(ふむ、このタイミングで言うってことは火を使ってはいけない。つまり火を使えってことだろう。土は今使えないですし、水と風を使うなと捉えられますね)


 刹那の中で思考する龍康殿。高度な心理戦だ。


 (つまり火を使うことを前提に話しているはずだ。だとしたらお言葉に甘えて使わせてもらおう)


 心の中で嘲笑う初老の男。口角と共に自慢の髭が動く。瞬間、ハッと気がつく。


 (待てよ! なんで忌子がわざわざ私に火を使えって回りくどく言うのだ? 違う、火を使えは罠だ! つまり火以外を使うこと意図しているはず!)


 薬品が龍康殿に被る前、能力を発動させる。それは水と風。暗雲が漂う水無月にぴったりな能力。


「ははは、さすが忌子だ。言葉巧みで私を騙すとは……だけど残念でしたね。爪が甘い。私に火を使わせるつもりだったのですが、お前の思惑通りにはならなかったです」


 龍康殿は風の風圧でかまいたちを作り、それに向けて弾丸を撃つ。塵旋風の刃と弾丸が混ざり惺夜たちに襲い掛かる。


「くっ! 柊。絶対に防御しろよ。例え、防弾チョッキの制服さえ効かないかもな」


 二人は防御し、弾丸が彼らの体に当たる。


 しかし、防弾チョッキの影響か、そこまでダメージにはならなかった。


「さて私は生命の源である。清らかな水で防御させていただきますね」

 龍康殿は薬品を水の能力で防ごうとする。だが、惺夜は不敵な笑みを浮かべていた。


刹那、目の前に爆発し、初老のボスの肌が焼きただれる。


 惺夜の持ってきた薬品は水酸化ナトリウム。龍康殿テロリストのボスは青髪少年自身の言ったことは信用しないと思い、言葉で惑わせた。彼は心理戦に勝ったのだ。


 千木楽の口が開く。


「やったか……な訳ないよな。絶対に生きている」


「生きていますね……。だが本題はここから、あの強力な能力が弱体化されたか。そこが心配です」


「この爆発だ……、弱体化していると思うぜ」


「そうだよな。あと千木楽さんに伝えたい作戦があります。耳を貸してください」


 千木楽は惺夜に耳を貸すと小声で作戦を伝える。


(今の俺にはグレネード弾があります。二人で攻撃している間に不意をついて投げるつもりです。合図を言ったら絶対に避けてください)


 千木楽はうなずきながら。


「うんうん……わかった。その合図は何にする?」


「合図の言葉は……」惺夜は合図を言った。千木楽は「わかった」と言う。


 煙が晴れ、少し焼きただれた龍康殿の姿が見える。


 感情を高ぶりながら叫ぶ龍康殿。


 「これは神への冒涜ぼうとくだッ!! 呪われた子!」


 惺夜は「フッ」と呆れながらこう返す。


「あっそ。そんな神、神、言う暇あったら逆立ちした犬でも飼って倫理観つけた方がいいぜ」


 初老は顔に血管を浮かべながら「私の心に倫理観のある犬を飼う暇などない! 私はか弱い羊が欲しいのだ!」


 と話し、龍康殿は能力を出すも、以前とは違い能力が弱く感じた。


「?! の、能力がさっきよりも弱く感じる……。さっきの爆発でかッ!」


「あぁ、そうだ。このまま俺らに倒されろ。千木楽さん行くぞ!」


 二人は瞬間的に龍康殿を囲う。惺夜は前、千木楽は後ろに回った。そして拳銃を持ちガンカタをつける。


 龍康殿も拳銃を取り出し、惺夜の左腕、千木楽の右腕を抑え込む。


 抑え込まれた惺夜はそこから抜け出した。そして初老の彼の足元がガラ空きなので、しゃがみながらローキックを食らわせようとする。


 しかし、彼はジャンプし、惺夜の攻撃を不発に終わらせる。避けられた青髪の少年は一瞬怯む。そして惺夜の顔面めがけて龍康殿は蹴ろうとする。


 隙を見せた龍康殿に筒先を合わせる千木楽。戦いながら初老のボスは懺悔するように言う。


「実は私は人々を神にさせそうと思っては無かった……。本当は人類を天使にして、私と言う神を崇め立つように仕向けることが私の理想だったんだ!」


 龍康殿の倫理観が欠如した告白。二人の耳には聞こえたが、そんなのどうでもよかった。


 どっちみち大量殺戮したことには変わりないからだ。綺麗事ではない。


 龍康殿は「すまない」と言いながら、能力を使い拳銃の引き金を引く。

 炎にまとった弾丸が千木楽の手元と足元に命中。

 撃たれた彼の拳銃が空中に飛び、床に落ちる。


 「神になった人たち……、今まで騙してすまなかった。それが私の本性。だけど救うのは変わりない!」


 龍康殿がこう弁明するも、やっぱり惺夜は呆れる。


「あのさぁ、いい加減気づけよ。“どっちみち変わってない”ことを。言い方が違うだけで殺しているのは同じだろうってこと。大人なら知っているだろ?」


彼は静かに義憤していた。もう初老のボスに対して限界だ。


 龍康殿の攻撃を垣間見て、惺夜は勢いつけて回し蹴りをする。テロリストのボスのあごに当てたようだ。そしてそのまま一回転をしながら、弾丸を数発撃つ。


 顎を打たれ怯んだ彼は文句を言うように。


「やっぱり、あの伽耶おんなの子だ。意味わからないことを抜かす。人類がかわいそうだ。早く処分しなければ救えない」と、自分のやっていることが正しいと思っている愚か者の発想を述べる。


 惺夜は血管をピクピクさせながら。

「だったら、俺が救ってやるよ。死としての救済だがな!」と言葉を吐き、弱体化した龍康殿に攻撃する。


 スーツ姿の彼も能力で攻撃を防ごうとし、土の能力や水の能力で惺夜の動きを封じ込める。


 龍康殿の周りに小さな土の壁を囲い、水の能力で球体の水を惺夜の顔と脚と手にまとわせた。


 球体の水でパンチやキックの威力を抑え、弾丸の火花を消す為だ。


 ──攻撃が止まらない。能力で封じ込めた水の拳が土の壁を突き抜ける。


 そのまま、龍康殿の身体に命中する。そう、初老男性の能力は、さっきの爆発で大幅に弱体化したのだ。


 惺夜の攻撃はやめない。やめない。ただ攻撃を続ける。流石に銃は使えないが、弱くなった龍康殿を倒せる。


 ――と思いきやボス自体は、そこまでダメージにもなってないようだ。


 惺夜は“切り札”を使うことを決意した。


「やめてくれ! 呪われた子供よ! これは神への侮辱ぶじょくだ!」


 龍康殿は能力を解除する。解除された瞬間、惺夜は攻撃をやめ、ニヤリと笑う。


「そうか、そうか。わかった。龍康殿……だっけ。お前の戦い方はすごかったよ。敵ながらあっぱれだ」


「……歳上に向かって生意気なことを言うなよ……!」


「良い戦いで楽しかったぜ……Nice Fightナイスファイト」惺夜は言うと、千木楽は、素早く避けた。


 ピンを抜く合図はその言葉だったようだ。


 そして、惺夜はブレザーの内ポケットからSAT特製グレネード弾の安全ピンを抜き、ダイヤルで火力を上げ、音を小さくし投げつけた。


 惺夜は急いで安全な方まで行き、龍康殿から離れる。


 初老の彼は少し驚いた。弱くなった能力ではこの爆弾は防げない……と考えている。


 しかし、咄嗟の判断で力を振り絞り、ピンを抜かれたモノを上空に蹴り飛ばし、そのまま龍康殿の後ろにまた蹴る。二・五メートルまで飛んでいき、そのまま大きく爆発した。


 惺夜の切り札は不発に終わってしまったのだ。


「……終わった」千木楽はそう呟く。


 二人は遠い火薬の匂いを味わうぐらいしかできなかった。


 龍康殿は「ふぅ」と少し一息を入れてから言う。


「……危なかったです。このままでは死んでしまうところでした。やっぱり卑怯な手を使わないと、私には勝てなかったみたいですね」


「う、嘘だろ……。切り札……が」


「どうやらお前の切り札は、裏切りの曲芸師ジョーカーだったようだな」


 怯える二人に、蛇のような睨みを喰らわせる。


「さて、どう始末してあげようか」

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