47話

 惺夜の両親はとても仲がいい。


 どこかに行っても二人一緒に行き。惺夜が中学生になっても、夫婦デートしていることもあった。しかし、惺夜のお父さんは龍康殿の弟。人目のないところで変装しながらどこかに妻と楽しんでいた。


 だがSATに入学する前、両親は離婚してしまう。


 もちろん不仲で離婚したわけじゃない、父のせいで、命を狙われているイカれた兄を撒くよう、どこかに引っ越すことになった家族を守るために離婚したのだ。


 惺夜には小さい頃から“柊”という苗字を言わないようにしていた。そして離婚後、彼のお父さんは失踪する。


 これは離婚が決定し、失踪する直前の日の話。


 黄昏時の冷えた風が通り抜ける玄関で、惺夜のお父さんは靴を履いていた。


 本名は龍康殿永嗣りゅうこんでんえいじテロリストW・Aのボスの弟だ。

 偽名で柊颯斗ひいらぎはやとと名乗っていた。


 惺夜のお母さん。柊伽耶は、買い物に出掛けている。今から夫が失踪するとも知らずに。

 青髪の少年は家におり、玄関先にいる永嗣へ近寄る。


「なぁ、親父。本当に離婚するのか? こんなに夫婦仲良かったのにどうして……」

「惺夜、仲が良かったから離婚するんだよ。お前たちの危害を加えないために」


「危害……? 何言っているんだよ。別に親父が俺らに危害加えているはずないじゃん!」


 惺夜は感情を込めて言う。


「強いて言うなら、何度も引越しを繰り返して、俺に友達を作らせなかったことじゃん! 気にしてないよ! 家族さえいればと思っているから」


「そのことでも、俺は謝らなければならない。お前に親友を作らせなかったことも俺の責任だ。引越しさせて伽耶にも迷惑をかけた。相当負担はかかっているだろう」


「お袋も気にしてないよ! むしろ親父と一緒に暮らせて楽しんでいたよ! だから離婚を取り消してまた俺らと一緒に暮らそ……」


「惺夜!」


 永嗣は惺夜の名前を呼ぶ。大声で叫んだので惺夜は驚いていた。


「これは俺が招いたことなんだ。俺のせいでやばい奴らから狙われている。離婚してお前たちのもとから離れることが俺の償いなんだ」


「や、やばいやつ……。別にいいんじゃない? 俺は家族と一緒に死ねたら文句ないよ」


「……惺夜、気軽に死ぬと言うな。お前と伽耶は生きてほしいからだ。俺にはお前たち二人しかいない。だからお前は伽耶……お母さんを守れ」


「いや、お袋の他に親父も守るよ。手の届く範囲ならなんでも助けるし、俺はそれを望んでいるから」


「……俺は守らなくてもいい。手の届く範囲助けるなら、まずはお前自身の命を大切にしながら助けろ! これは俺の精一杯の説教だ」


「あぁ、とても耳が痛い。ありがとうな親父」


 永嗣は、二言返事をする。そしてまた口が開く。


「……なあ、覚えているか惺夜。柊の花言葉」


「ああ、知っているよ親父。小さい頃から教え込まれたからね。いい言葉だから他の人に言うなってことだろ?」


「なら良かった。お前の苗字の柊という花の言葉はとても素敵だ。用心深さ、先見の明、防衛、剛直、歓迎、家庭の幸せ……。お前たち家族は本当にその花そのものだった。そして他にもある」


「なんだ、親父。言ってみて?」


 永嗣は微笑むように言う。


「“あなたを守る”。それも柊の花言葉だ。俺には元々その名前がなかった。だからせめて俺にもその花を与えなければならない。離婚はお前たち家族にとっての“柊”なんだ。それじゃ俺はもう出かけるよ」


「で、出かけるって、どこに……?」


 惺夜は泣きそうな表情。そして、とても心が痛そうな感情で伝える。


「お前たちのいないところまで……さ。お前も年頃だ。親との会話もうざったいだろ?」

「う、うざったくないよ! だから!」


「それじゃ、な。お前はお母さんを守れよ。俺との約束だ。あと絶対に自己犠牲とか考えるなよ。あっそうだ。伽耶にも言いたいことある」


 少し時計の針が進む。永嗣は惺夜にこう伝える。


「お前の作る料理は、とても気持ちがこもって美味かった。と」


 永嗣はそう言い、玄関に出る。


 青髪の少年は泣きじゃくった。心の水溜まりが波紋を渡って水面に浮くように。

 少しして、伽耶かやが買い物から帰ってきた。


 惺夜は事情を説明する。すると彼女は。


「そう、あの人。どこかに行ったのね。まぁいいわ! どうする? 今日は惺夜の好きな食べ物を買ってきたわよ〜」と軽やかそうな声で言う。


「そうか。ご飯食べる前に、ちょっと外で散歩していこうとしているんだけど大丈夫?」


「ええいいわよ〜。その間に料理作っちゃうわね! いつも惺夜には手伝ってもらっているし、私の得意料理だしね〜。少ししたら帰ってくるのよ〜」


「ありがとうなお袋。それじゃ行ってくる」

 惺夜はわかっていた。1番辛いのは、伽耶だってことを。彼は気遣って、母親に泣かせる時間を与えたのだ。


 少年は外に出ると、彼女はキッチン前で、涙が止まらなくなる。

「貴方、貴方。なんで? あんなに愛し合ってじゃない。最初にあった言葉忘れちゃったの!」


 どんどんあふれ出す、瞳の水滴。


「私、未だに納得してないよ! どうして……どうして!」


 伽耶かやはどんどん涙が溢れ出る。


「わかった。私、惺夜を守るわ。あの子は私たちの大切な宝物だからね。惺夜は素直な子で、産んだ時から、私たちを歓迎していた生きるべき存在。あの子に何かあった時は、私が死んでいても助けるわ。それが私の責任」


 少年の母親はそう言い、泣きながら料理を作る。


 薄暗い空の中、惺夜は想念した。


(親父がいなくなったのは俺がいるからだ。俺がいなかったら親父は悲しませずにいた。お袋も親父と一緒に住めた。俺はこの世に生まれるべきじゃない。死ぬべき存在。だから俺が死んでもお袋を守る)


 お互いがお互いを、死ぬ気で守ることだけ、考えている。


 それはまるで柊の花のようだった。




 惺夜は過去を振り返り、自分の考えをまとめる。

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