15話

 飛鳥は疑問に思いながらそっちまで向かう。


 三人は音楽室まで行き身を潜めていた。


 音楽室はSAT学園の一番奥にあり、普通の生徒にはわからない危険物も隠されている。

 窓は四つ、ドアは引き戸で数は二つ付いている。どこから来ても逃げられるようになっていた。


 着いた途端、春花は司咲に幼子がぬいぐるみを抱えるように抱きしめた。


「ありがとう、つかっちゃん! テロリストの一員から遠ざけて大好き」


 司咲の頬になんどもキスをする。


「気持ち悪いからやめてください。仮にも男女ですよ。言動行動が下品なのでやめてください」


「えーいいじゃないかよー。ぼくは別に気にしないよー。だってつかっちゃんはぬいぐるみみたいなものですものー」


「それは好きな人にやればいいじゃないんですか?」

「それは……えーと。流石に恥ずかしくてやれないかな……」


 春花は鬼灯のように頬を赤くする。


「なんで好きな人にはやれないのに俺にはやるんだよ……。この行為が好きな人は好きだが、俺は気持ち悪いと思っているぞ!」


「そんな怒鳴らなくても……。テロリストに見つかっちゃうよ~」

「あはは、そうでしたすみません。永瀬先輩」


「いいってことよ! まぁ好きな人は言わないけどね」


「別に頼まれてないので良いですよ、興味ないので」

 司咲はきっぱりと断る。


「何をそれ! ウルトラムカつく!」


 2人が楽しそうに会話している。しかし飛鳥はジーっと司咲の方を見ていた。

 どう考えても怪しかったからだ。


 飛鳥も内心ビクビクしていた、もし司咲ではない何かだった場合怖くて言うのも暴れる獅子を手懐けるように勇気がいる。


 だが、彼女の鉛のように重い口が開く。


「ねぇ、朝霧くんひとつ聞いても良い〜?」

「え、なんですか言っても良いですよ」


 飛鳥の唇が大きく震える。


「さっきの女性なんだけど、なんで朝霧くんはその人の名前を認知して様付けしているの〜?」


「え?! 俺、様付けしていたっけ? 気のせいじゃない?」


「じゃあなんで最初副リーダーって知っていてチョーカーみたいなの首にはめているの〜?」

「うーん、なんででしょうね。ここでやり過ごしてから一緒に考えましょう!」


 飛鳥は目を瞑り少しずつ開け、春花の方に目線を向ける。確信がついたのだ。



「永瀬ちゃん逃げて、こいつ朝霧くんじゃない」



 飛鳥は真剣な目をしていた。

 司咲は春花と飛鳥の方を蛇如く睨む。


 春花は大型冷蔵庫に遭難したみたく大きく震える。彼の何者でもない只者感が出ていたからだ。いつもと違う司咲の雰囲気。


「わ、わかったわ」と春花は足を震えながら廊下に向かう。

 飛鳥は春花の方角に声を張って。


「そうそう言い忘れていた」

「なに? あすかっち」


「もしぼくが何かあって永瀬さんを殺そうとしたら、真っ先にボクを殺して良いからね〜」

 春花は目を丸くする。


「わかった」彼女にはそれしか言えなかった。



 春花しゅんかは急いで音楽室を出る。

 誰かが音楽室近くに現れた。


 春花の目に映ったのは赤いドレスをした美貌の女性。名前は射守矢いもりやフィアナ。彼女の圧倒的なオーラに吐き気すら覚える。だが春花は戦わずに逃げた。


 その女性も追いかけず、音楽室に入ると同時に話しかける。


「ご苦労様〜 えーと誰だっけ?」


 司咲はフィアナに向かって言う。


「俺の名前は朝霧司咲あさぎりつかさですよ。覚えていてください」


「そうか、わかった、わかった。朝霧司咲くんね。よろしく」彼女はにっこりと笑う。


 飛鳥あすかは二人の会話に混乱していた。


(なんで朝霧くんはテロリストの味方を……)と思いふける。


「さーて、早速この子を洗脳させようかしら。さっきあったら金髪の子は後でやりましょう」

 飛鳥は口を開ける。


「洗脳……もしかしてこのチョーカーで洗脳させているの?」


「あら、初めまして私の名前は射守矢フィアナよ。上からB89W59H87。なかなかのモデル体型でしょ〜」


「答えて! このチョーカーで朝霧くんを洗脳させているの?!」


 その時司咲は飛鳥の腕を羽交締めする。


 ガッチリ固定されて身動きが取れない。


(し、しまっ……)


 飛鳥は右往左往動かしてもビクともしない。


 数十秒動いて無理だと察し諦めた。


 フィアナはクスッと笑う。


「あら、ありがとうね、あやさまつかべくん」

朝霧司咲あさぎりつかさです、ちゃんと覚えていてください」


「ごめんねぇ〜、長いと覚えられないのよ〜」


「ま、良いですよ。射守矢様の仰せのままに」


 飛鳥はフィアナの方に向け、睨む。


「何するつもり……! まさか洗脳!」

「いやいや違うわ、結論から話すとあなたを殺すのよ。キッチリとね〜」


「殺すのね……。少し怖いよ……」


 内心、飛鳥は安心していた。


(良かった、みんなと戦う羽目にならないのね)


 一瞬、飛鳥は自分のまぶたの裏を見る。


(そうだ、永瀬さんをもっと遠くまで行かせないと。そのためには時間をもう少し稼ぐ必要が……)


「どうしたの、貴女? もしかして私と仲良くなりたいのかしら〜」

「んいや〜。少し怖いからみんなと話そうと思ってぇ〜」


 いつものおっとりしている喋り方の飛鳥になった。


「あらあら、それは可哀想。良いわよ、私達だけのお茶会ね。楽しそう〜」


「んじゃ〜、早速言うね。ボク本当は強いの〜。だからテロリストを一瞬でやっつけられるよぉ〜」


「あらあら、可愛い冗談ね」

「本当だよ〜。ボクだったら目を瞑っていてもボスをやっつけるよ〜」


 穏やかに話す。彼女に対してプッツンとなる紫髪の少年。


「嘘つくんじゃねぇぞ伊藤先輩! 射守矢様に失礼だ!」


「まぁまぁ、司咲くん。そうあわてないの! 私はちゃんと楽しんでいるのよ〜」


「……そうでしたら、もう二度と気にしないようにします」

「大丈夫よ。それでボスを倒して何するの?」


「そのボスと一緒にドーナツ屋さんへ行くのー」

「ドーナツ屋さんに行って何頼むの?」


「それはえーと、うーんと……」

「ふーん、なんかつまらないの。もういいでしょう? そろそろ……」

「ま、待ってまだ話は終わってなくて」


「もう少し楽しもうとしたけど、もう飽きちゃった。お茶会楽しかったわ。じゃあね」


 セクシーな女性の銃口は春花の頭を狙う。


(ごめん永瀬ちゃん! あんまり時間稼げなかった!)


 フィアナは不敵な笑みを浮かべる。


「そうそう、言いたいことがあるの」


 その言葉に威圧感があった。飛鳥もそれを感じ取れた。



「貴女、あの金髪のために時間を稼ぐつもりだっんでしょう。残念ね、私は貴女が喋る前から知っていたわ」



 飛鳥は驚きを隠せない。


 頭に浮かぶことは(バレてる! どうしよう、どうしよう、どうしようどうしよう……)だけだった。


「大丈夫よ。楽にしてあげるわ」


 フィアナは赤ん坊同然の飛鳥にこう声かける。


 飛鳥の耳元に司咲の顔が近づく。


「光栄に思うが良いぞ、伊藤先輩。貴女は射守矢様に所属するW・Aの生贄に選ばれたんだ。今の貴女は仔羊そのものだ」


 飛鳥の脳みそは、わからな過ぎて限界を迎えていた。


「そうだ。伊藤先輩に言いたいことがあったんだ」


 司咲は一呼吸入れてからこう言う。


「俺はW・Aに所属しているSFスレイブファイターの朝霧司咲ってものだ。以後お見知り置きを」


 飛鳥は顔を下に向く。


(……貴方を助けられなくってごめんね、朝霧くん。天国でも見守っているから)


 フィアナはドレスの内から何かを取り出す。


 伊藤飛鳥の身体全体に激痛が走った。

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