第15話

 十二月二十四日の日にデートして、僕は塔子とセックスしようかと考えていた。僕は京子の十三回忌から非常に大事なものを得て、それを胸の奥で愛おしく感じていた。それは僕の冷徹な一面をある程度柔らかで穏やかなものに変えていた。京子と自分の過去を分離することはいまだ出来ていない感が少々あったが、僕はそれは平凡で真っ当で認めるべきことなのかもしれないと考えるようになっていた。


 塔子とのセックスの話を考え始める前に、渡された手紙の方に僕は興味がいっていた。十三回忌から二、三日経った頃に僕はその手紙にはじめて手をつけ始めた。手紙は小学生の頃から書き始められたらしく、拙い文章ながらも一生懸命に僕を想う心情を描いていた。僕はその二十枚ほどの手紙から記憶の断片が繋がって思い出されていくのを感じた。彼女自身が必死になりつつ楽しそうに書いている様が頭に浮かんだ。僕は嬉しかったが、段々人を想うことの悲しさだとか、人はいつか死ぬという現実が胸の中でぐるぐるとうごめいているのが分かった。人はいつか死ぬということを真に理解している人が僕の年で世の中に何人いるだろう。人はいつどの段階や年の頃に死という非現実を受け容れるだろうか。死というものがいつ来るのか、今日明日来るのかそれとも数十年後なのか、いずれにせよそれは間髪いれずに訪れてしまう。京子のように愛の感情に満ちあふれて活き活きとした頃に死んでしまうことだってあるのだ。僕は手紙を一気に読んでいった。文章は段々上手くなっていき、小さく丸い字も綺麗になっていった。僕はその技術的変化を楽しみながら読んだ。そして僕は子供ながらに本当に愛されていたのだなと読みつつ笑った。僕がそこで思い出されたのは恋や愛ではなく親しみだった。この時から京子への恋愛の感情の繋がりが薄くなり始めたのだと感じた。


 全て読み終わった後、僕はニコニコしながら大学へ向かい、桐谷さんへも会いに行った。近況報告というやつをしに行った。


 おじさんは他の季節とは違って雪片付けをしていた。枯れ葉やゴミが無い代わりにこういう仕事が回ってくるのだそうだ。


「おはようございます。おじさん」


 僕は前と変わらずおじさんと呼んでいた。彼もニイチャンと呼んでいた。


「おはようって時間じゃねえぞ」


 時間的には昼頃になっていたが、僕は寝起きだった。


 おじさんは笑いながら僕の厚手のマフラーやコートを暖かそうだし洒落てるなと褒めた。僕はどうも、と微笑をするくらいに留めて一緒にいつもの円状のベンチに座った。太陽はもう高い所にまで行き着いたらしく、この日は比較的暖かな日だった。僕はおじさんと忘年会をしようかと考えてもいたが、塔子や大学の連中との付き合いもあったし、おじさんにはどのような対処をすればいいか分からずにいた。日を変えればいいかもしれないが、僕には友達も多く、中々空いた日が見つからないでいたので、おじさんにどうやって忘年会の話をすればいいか分からなかった。おじさんも心密かに楽しみにしているはずなのだ。僕が唯一の友人なのだから。


「おじさん。忘年会とかってしてみたい?」


 僕はこのとき既に不覚を取ったと知った。最初から断るつもりで訊いたが、もしかしたら答えがノーかもしれないという期待にかけていた。僕の性質をよく知っているおじさんは質問の意図を聡く知ったようで、気まずそうな笑みを口元でほころばせた。僕は、ああ、傷つけてしまったなと思った。おじさんも僕も何も言えなかった。僕は言葉を探してみて空を仰いだ。おじさんは口を開いた。


「若い者なら若い者同士やればいいさ。それに、塔子ちゃんとかいった娘ともさ。ほれ、もうすぐクリスマスイブだろ?」

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