第14話
影響という点で僕に当てはめると、小さな彼女が僕にどんな種類の状態や環境を与えてきたのかは分からない。僕と塔子と京子の幼少期は謎めいていて、彼女が冷徹に変化した疑問点について探ってみようとしても、今目にしている美しい景色だけが頭に浮かぶだけで他は断片的にしか思い出せない。
ただ彼女は妹を懐かしく想う感傷的な目で庭の景色に見入っていた。
彼女はしばらく無言だった。何かを期待するような目やそわそわした表情もしなかった。彼女は京子について思い出しているのではないかと僕には感じられた。京子の死について考えることを彼女の魂への慰めとしているように僕には思えた。僕自身も京子について考えて思いやることが追悼に思えた。それは痛みを含まなかったし、むしろ幼少期の愛を復元しているようで愛おしく感じられた。それは冷たい僕の心を暖かく包んでくれるように感じられたし、その愛おしさが彼女との思い出によって生まれたものだったのだと思うとますます穏やかな気持ちになった。人の死が時を隔てると穏やかさを与えるようになるということを僕はこの時初めて知ったし、意外な感情で、想像していたものとは違ったので僕はしばらくの間噛み合わない感じがした。葬儀だとかの種類のものはいつだって僕を緊張させるものだった。もちろんほとんどの場合は僕とは親密性の無い人間の死だったから京子の死とは比べられないが、けれどやはり、親密性の伴った遠い過去の死を誰かと共に思い出すのは初めてで、そしてこれほど落ち着いて、静寂さがあって、清らかな心持ちになるとは想像できていなかった。だから驚いたのだ。
僕と塔子はしばらくの間彼女が死んだ日を思い出させるような雪の降り様を見ていた。塔子が京子を殺したかもしれないという疑惑は消えていた。僕は塔子が京子を殺してなどいないと彼女の穏やかな横顔を見て確信したのだ。僕は京子との楽しかったうろ覚えの思い出にふけりつつ、塔子の沈黙の美しさと上品さに見惚れた。
僕らはしばらくしておばさんと塔子と三人で寺へ行き、正座して数珠と一緒に手を合わせながら読経を聞いた。それから彼女の墓にまでお経をあげに来てもらい、僕らは深いお辞儀をして若い僧がタクシーで帰るのを家の塀の前で見送った。
僕がお寺でお経を聞いたり墓参りしている間に感じていたことは、愛した人の死が与えてくれた柔らかな感覚と穏やかさと色鮮やかな思い出たちのことだった。雪の中はしゃいで雪合戦をしたり、屋根の高いところから雪の深い所へ落ちてみたりした。僕らはそんな素朴なことで喜ぶ純粋な子どもたちの一員だった。生きていることに気負いもなく、人の深い部分の気持ちを知ることに恐怖することもなく、恋人の死を考えすらしない。僕は過去と現在の生き方の差の激しさに物悲しさを覚えた。ああいう少年少女の気持ちへ戻ることはもう出来ないし、一時的にそれが出来たとしても僕は今度からはその空想を拒絶するだろう。僕は現状をもっと良いものに変えるために努力しようと前を向いているからだ。強く生きるために何かしらの意味や情熱の熱さを得ようと必死だったけれど、過去の京子を強く思いやるのはこの日で終えることとした。もしたまに思い出したとしても、僕は彼女の過去を追い続けるようなことはしないようにする。初恋の相手の葬儀をすることで決着をつけたと僕は思う。僕はまず京子を想うことを止め、塔子だけを目に入れることに慣れていこうとした。でも僕はなぜか塔子の顔から京子の面影を見て取れて、鋭くてしびれるような悲しみが一瞬頭をよぎるのを感じるときがあった。僕はそういうとき押し黙り、気まずそうな諂い笑いを塔子にして、彼女は奇妙そうに眉間にシワを寄せるのだった。僕は自分の心の痛みの原因を推し測ってみたが、曖昧すぎて何の形としても捉えられなかった。推測して得られたのは、悲しみに慣れ、それでも忘れないでいることで人は成長できるという人生観だった。
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