第2話

 京子の母親、僕はおばさんとしか呼んだことがなかったのだが、おばさんという呼称をつけるにはかなり若く見え、それに美人だった。京子が夢の中で美人として反映されたのもそのお母さんの影響が大きいだろう。僕がおばさんに連絡を取ったその頃から再び交流が始まり、長い間知らなかった事実も判明した。京子には三つ年上の姉がいたという事だった。その姉の名前は塔子といい、今はこちらに住んでおらず、若くから結婚し、相手の男とうまくいかなくなり離婚して、五月の墓参りの日に僕と会いたいと言っているとおばさんから聞かされた。



 僕自身は会わされる事は構わないといえば構わないが、会ったかどうか覚えていない女性に付き合わされるのは少し面倒な気持ちだった。そもそも今は墓参り自体に乗り気ではなかった。僕は正月の時に思い出の片鱗のようなものに触れ、喜びと懐かしい感動を写真で覚えられたから、それでいいやと満足していた。それと美人のおばさんに会えるという嬉しいことがあって、これ以上この家族に望むことは無いだろうとさえ考えた。



 そこで塔子さんという存在概念自体が薄い輪郭のぼんやりとした女性と会い、話をして、お久しぶりです、何年ぶりでしょうという挨拶をしなければいけないと思うと、それは楽しいことなのか、大して面白くもないけれど人の人生には稀にでもあるケースなのかなどと考えてみた。姉ということは顔までそっくりなのだろうか、と思うと胸の高まりの感覚に初恋の純粋な苦しい感じが伴った。いくらかのシチュエーションの妄想を膨らませてみるとその塔子という女性と会うのが楽しみになっていった。



 そして自分の考えていることを軽く客観視してみて、僕が妄想を膨らませたその中にエッチなことが一つも無かった事に、兄が僕の性根が偏屈さと真面目さを、人が好むよう丁度よくブレンドさせたような人間と言うのが分かるような気がした。僕自身はよく自分に妄想癖があると感じて危ういと思い、それを更に客観視して冷静になるのだが、結局のところ、僕は自分が真面目な人間でありつつ、一方で変人的な側面も持ち合わせているのではないかと考えたりもする。



 なんにせよ五月の墓参りに、いくらかの期待と不安と生真面目な妄想を携えて、おばさんと待ち合わせを取り決めした近所の空き地で彼女と会った。


「おはようございます」

「おはよう。良次くん。こちらが前に話した塔子よ」


 そう言っておばさんは、女性にしては背が高く、脚が細く長い様子が目につく、塔子というロングヘアーの美人に挨拶を促す目線を送った。塔子は目が鋭くて大きく、鼻が少し高かった。小鼻に僅かな膨らみを持ち、細長い顔の輪郭をしていた。冷淡で態度を表面上に出さない人柄の印象をもたせる美人といえた。態度はおとなしく、無口で冷たい様子が窺えた。地方のモデルの仕事をしているとおばさんは教えてくれた。田舎で、しかも身近にそういう仕事をしている女性が僕と接点を持つ事に、僕の平凡な習慣で出来上がった平常心は不安定に高鳴った。ファッションセンスが当然ながら良く、膨らみをもった白のスカートと肩部分に黒のレースがあるトップスを身につけていた。靴もかなりヒールが高く、田舎では浮いてしまうに違いない場違いな格好でいた。僕はこの殺風景な空き地では彼女が一番奇妙な存在として目に映るだろうと冷徹ささえあるような客観視した考えを起こした。


 塔子は無口で礼儀正しく、特に性格や趣味趣向、人格や習慣に問題や欠落があるような人物には見えなかった。ただ冷淡さがあることと、いつも無表情でいる人を見ることに不安を覚えるタイプの多くの人が彼女を苦手とするかもしれないな、と僕は思った。


 塔子は僕を見て口を開いた。

「妹がよくお世話になっていました。私もあなたと遊んでいた頃があったのですが、覚えてますか?」


 と、気持ちの上下や動揺もないふうに滑舌よく僕にそれを告げた。その声の流れの良さには超人ささえ覚える一般人らしくないものがあった。僕は他人行儀な不自然さに、奇妙な違和感の中にいかがわしいものを見たような気がした。


「すみません。覚えてません」


 と、僕が正直に答えると、彼女は長いまつ毛の影を瞳に落として、少しでも期待していたのにとでもいいたげな感情、それと、淋しさの含んだ憂いをみせた。その表情と真っ黒な光の無い瞳の中に僕は特殊な美しさを感じた。彼女はあまり表情を動かさなかった。その無表情と冷たい印象の暗い湖の中のような美しさが僕を一目で恋に落とした。でも一方で冷徹に客観視しようとする自分もいた。


 話を少しずつするうちに、彼女が僕に対し少しでも純朴な懐かしい親しみを持っていたということが分かり、驚きだった。僕も親しみを感じていいだろうと思い、ある程度馴れ馴れしい態度を取ろうと決めた。彼女が僕のその馴れ馴れしさに恥じらってみせたことが嬉しかった。僕はその嬉しさに、懐かしい思い出の映像にふけるような感傷と、あまりにも遠くからの物事を間違って持ち帰ってきてしまったような難しさをうっすらと感じた。



「じゃあ、行きましょう。京子も喜ぶわ」

 と、おばさんはピクニックにでも行きそうな調子で僕たちを引き連れていった。

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