第16話 番長の憂鬱★忠犬ショコラ!?②

小鳥の姿が見えなくなるまで、ショコラと呼ばれた巨大な黒い犬は、ソワソワとウロウロ歩き回り、小鳥の方向に向かってワンと吠えた。

ついでクゥーン、クゥーンとその大きな体躯からは想像できないか弱い声で鳴いていた。


「は、身体はでかくても、ご主人様が恋しいのか?すぐ帰ってくるから待ってろよ」

柴崎はそう言って、ショコラの身体を撫でようとした。


「グ…、グへ、ゲ、ゲヘェ…」

ショコラは急に咳き込むように、鳴いた。


「お、おい!大丈夫か!?」

柴崎は慌ててショコラの顔を見ようとして、驚きで目を見開いた。

ショコラの顔は真っ直ぐに小鳥の方向に向いて入るものの、口角が上がり平然としながら咳き込んでいた。


「ゲヘェ、ゲヘェ、ゲヘェ!」

いや、それは咳き込んでなどおらず、笑顔…正に笑っていたのだ。


「な!?え!?ええ!?」

柴崎は驚いたが、冷静に考えて人間のように犬が笑う訳がないので、気のせいであると考えるのに精一杯だった。


ショコラは小鳥の姿完全に見えなくなると、のそりと動き出して子犬の段ボールの所に向かった。


「お、おいちょっと待てよ!」

柴崎の握るリードなどお構いなしに、まるで柴崎を引きずるかのように子犬の所に移動してきたのだ。


ショコラは先程とは異なり、子犬の入った段ボールを前の足でドンと突いた。


「キャン!キャン!」

子犬が入った段ボールはその衝撃で揺れると子犬は悲鳴に似た鳴き声を上げた。


「ゲへ、ゲへ、ゲヘェ!ゲヘェ!」

ショコラは口角を上げてまるで笑顔のような表情で、奇妙な声を出した。


「こ、こいつ…」

柴崎はその姿をしばらく見ていたが、完全にこの黒い大きな犬が、子犬の驚き方を楽しんでいる事に感づいた。


「お、お前!何してんだ!」

柴崎はそう言って、リードを強く引いた。

ショコラは一瞬首だけがくんと、柴崎に引っ張られたがその巨体ゆえ、大きく動くことはなかった。


そして、その姿勢のままでじろりと柴崎を見上げた。


「う!?な、何だこいつ!?」

思わずたじろぐ柴崎を横目に、ショコラはまた段ボールを前の足でどんと突いては子犬の反応を楽しんでいた。


柴崎は驚きと気味悪さを存分に感じながら、ヤメさせようとした次の瞬間。

いきなりショコラはダッシュすると広場の端に走り去ってしまった。突然の動きと力強さに思わず柴崎はリードを離してしまった。


「や、やべ!おい!ちょっと待て!」

柴崎は慌ててショコラを追いかけたが、スピードまるで違う為あっという間に離されてしまった。


ショコラは広場の端の物陰に隠れていた。

そこに大型犬が二匹通りかかった。


ショコラは、その大型犬が目の前に通るそのタイミングで、急にジャンプしながら躍り出て「ウー!ワン!ワン!」といきなり吠えつけた。


「キャンキャンキャン!」

大型犬二匹はパニックになると、飼い主を引きずるようにして逃げ去っていった。


「ゲ、ゲヘェ!ゲヘェ!ゲヘヘヘヘ!」

黒い大きな犬は、まるで大笑いをするかのような奇妙な鳴き方をしばらく続けた。


「こ、こいつ…クズすぎる!犬のくせに!!」

その様子を見ていた柴崎は、その犬のクズっぷりに驚きと恐怖を覚えた。


ショコラは柴崎の前にやってくると、自らのリードの先端を咥えていたが、ポンと柴崎の方へ投げてきた。


まるで「ほら、ちゃんと握っていろ」と言われているような気がした。

柴崎は恐る恐るリードを取ると、元いた子犬の居る場所に戻ってきた。


黒い大きな犬は、また先程同様に子犬の入った段ボールをドンと突いては、その様子を楽しみ始めた。


「お、おい!もうやめろって!そ、そうだ!?」

柴崎は思い出したかのように、ボールを取り出すとショコラに見せた。


「ほら!取ってこい!」

そう言って思い切りボールを投げた。ボールは広場の中央付近に転がった。


「…。ゲ、ゲヘェ!ゲヘェ」

ショコラはボールをちらりと見た後、全く気にする様子もなく子犬をイジメていた。


「あ、あれ?おかしいな…」

柴崎は全く動かないショコラのリードを一旦離して、自らボールを取ってきた。


「ほら、もう一度行くぞ!」

柴崎は同様にボールを放り投げたが、黒い大きな犬は全く興味を示さなかった。


「こ、こいつ…芹沢のボール以外全く興味ねーじゃねーか!」

この犬はどうやら小鳥の前だけ、良い子を演じており、実際にはこの通りクズ犬であることに柴崎はここで気がついた。


「て、てめぇ!いい加減にしやがれ!」

柴崎は怒りが湧いてきて、思い切りリードを引っ張るものの、ショコラはその場からまるで動く気配もなかった。


「このクソ犬が!」

思い切り引っ張るものの、やはりその黒い大きな犬は気にする様子もなく、また動くこともなかった。


「飼い主も飼い主なら、犬も犬だな!やはり主人も犬もマジでクソだな!」

柴崎はそう言うと、リードをショコラに投げつけた。

ショコラは投げつけられたリードを無視して、ゆっくりと振り返るとじろりと柴崎を見た。


「!!?」

ゆっくりとショコラは立ち上げると、柴崎の方へのそりのそりと歩いてきた。


「ちょ!な、なんだてめぇ!や、やんのか!?」

柴崎は思わず後ずさった。


ショコラはゆっくりと柴崎の正面にやってくると、次の瞬間ポンと飛び上がると柴崎のお腹の部分に衝突した。


「え!?」

柴崎は思わずその場に尻餅をついた。ショコラはその様子をじろりと見るとまた子犬の段ボールの所に戻っていった。


「こ、こいつ!?頭突した!?え?マジで!?」

柴崎は思わぬ犬行動に驚きを禁じ得なかった。


「ゲ、ゲヘェ!ゲヘェ!」

「キャン!キャイ~ン!」

ショコラはまた奇妙な笑い声を発しながら段ボールを突いては子犬の反応を楽しんでいた。


「お、お前!本当に犬か!?このクソ犬が!」

柴崎はリードを勢いよく持つと全力でリードを引っ張り上げた。すると流石にショコラも少しばかり引っ張られると首輪の部分がグッと入り込み首の部分に食い込んだ。


ショコラはゆっくりと立ち上がるとさきほど同様にゆっくりと柴崎の方へ振り返った。

だが、先程と違い明らかに怒気を含んでいた。


「グルルルルル!」

唸り声が地響きのように聞こえてきた。まるで動物園の虎やライオンの檻で聞く音だ。


「お、おい、ちょっと、マジか?!落ち着け!ちょっと!」

あまりの獣の迫力に歴戦のツワモノであるはずの柴崎は思わず後ずさった。


ジリジリと距離を詰めてくる黒い大きな犬は、柴崎へ鋭い牙を向けていた。

そこまで来た次の瞬間、勢いよく飛び上がると文字通り獣の速さで柴崎の喉元へ牙を向いて飛びかかってきた。


「う!?やべぇ!マジで!」

柴崎は反応ができずに思わず目を閉じた。飛びかかられた勢いそのままに後ろに倒れ込むと過去の思い出が走馬灯のように蘇ってきた。


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