第15話 番長の憂鬱★忠犬ショコラ!?①

東都西高校、一年闘争の覇者、柴崎武蔵は空を見上げていた。

身体のあちこちが傷だらけで、立ち上がろうとうすると身体中が痛かった。


「っち…」

柴崎は思わず舌打ちをした。

彼は一年闘争を圧勝した勢いそのままに、東都西高校の2年に宣戦布告をしたのだ。だが、西東京最凶・最悪と呼ばれる学校の2年は一筋縄では行かず、通りかかった人気のない公園通りの広場で突然襲撃されたのだった。

成す術なく敗れた柴崎はしばらく気を失っていたらしい。


体中の痛みを堪えて立ち上がろうとした柴崎はふと横を見た。

小さな段ボール箱の中に、白い子犬が入っていた。


「っち!最悪だな…」

柴崎はまた舌打をした。


「クゥーン…」

力なく子犬は怯えたような声で小さく鳴くと柴崎を見ている。


「ははは。お前、こんなボロボロな俺にも怯えるのか?」

柴崎はそう言って笑うと、カバンの中に入っていたパンを子犬に与えた。子犬はよほどお腹が空いていたのか尻尾をブンブンと振りながらパンにかじりついた。


「おい、俺も一人っきりだ。お前も強く生きろよ…」

柴崎は子犬にそう言うと、フラフラと立ち上がるとその場を立ち去ろうとした。


が、その時だった。


「あれ〜!?柴崎くん?何やってんの〜?」

柴崎はその声を聞くと思わず身体を硬直させ、どっと冷汗が出てきた。彼にとっての災厄の象徴でもある芹沢小鳥の声だったからだ。


「な!?せ、芹沢!?」

柴崎は焦りながら振り返ると、そこに小鳥の姿はなかった。


「あ〜!ワンちゃんが居る!!ちょっと〜!こっち来て見てみて!」

振り返るのに数秒しかなかったはずなのに、既に10メートルほど移動している小鳥の姿に柴崎は戦慄を覚えた。


「あ、ああ。本当だな…捨て犬だな…」

柴崎は先程別れを告げたはずの子犬に強制的に再度会わされることになった。


「あ〜!この子、パン食べてる!しかも油ギッシュなやつ!」

「え?あ、そ、そうなのか?」

「もう!こんなちっちゃい子に、こんなのあげるなんて信じらんない!」

小鳥はそう言うと、ササッとパンを取り上げた。


「ほら、見てみて、ちっちゃくてカワイイねぇ」

スラッと背の高い小鳥が、笑みを浮かべて子犬を抱く姿はとても美しく、インスタグラムならバズっているであろう姿だった。

だが、その姿を見た柴崎には、鬼ヶ島の鬼に捕まった桃太郎の犬に見えて仕方なかった。


「あ、あぁ…」

柴崎は曖昧な回答をするのに精一杯だった。


「ねぇ、アタシ今犬の散歩中なんだけどさ、この子の食べ物そこのコンビニで買ってくるから、ちょっとウチの子見ててくれない?」

小鳥はそう言うと、持っていた小さなバッグ(散歩用)とリードを無理やり柴崎に持たせた。


「え?犬って?何処に??」

「ショコラー!おいでー!」

困惑する柴崎をよそに小鳥は、振り返ると飼い犬の名前を叫んだ。


すると、公園通りの広場のずっと遠くから、黒い何かが猛スピードで走り寄ってきた。その姿は一目で犬という事は分かったが、柴崎は嫌な予感がした。


徐々に大きくなるそのシルエットを見て柴崎は驚愕した。

ショコラという名前に似ても似つかぬ筋肉隆々の逞しい体躯、目は鋭く耳は立ち、大きな口から見える牙は鋭く、「犬」というより「獣」と呼ぶ方が相応しい姿だった。


「!!?」

柴崎は思わず恐怖を感じ後ずさった。


猛スピードで二人のところにやってきたその犬は、小鳥に向かってわんわんと吠えてブンブンと尻尾を振り回していた。


「ほら〜!ショコラ見てごらん!ちっちゃいワンちゃんが居るよ!」

小鳥は愛犬に声をかけると、その黒い犬はちらりと白い子犬を見ると、駆け寄ってきてペロペロと子犬の顔を舐めた。


だが、子犬は巨大な犬が現れた事で、全力で怯えていた。


「お、おい!これ芹沢の犬?」

「え?そうだよ。ショコラ!よろしくね〜。ほらショコラ!ご挨拶は?」

小鳥がその黒い犬に言うと、ペロペロと子犬を舐めていた犬は柴崎に向いてワンと一度吠えておすわりをした。


「え!?ってこれ、ピットブルだろ!なんで放し飼いにしてんだよ!?」

柴崎は小鳥に思わず言わずには居られなかった。


「ああ、大丈夫。この子、超頭いいから!」

「いや、そう言う問題じゃないだろ!だってピットブルだぞ!」

「は?何そのピットブルって?ウチの子、雑種なんですけど!?」

「え!?いや、これどこをどう見ても…」

柴崎は反論しようかと思ったが思いとどまった。何を言っても無駄だと思ったからだ。


※ピットブル…アメリカ産の闘犬、州によっては飼育に免許がいるほど危険な犬種。力が強く、事故が多いことでも有名


「まぁ、いいや。じゃあ、ちょっとこの子見ててね」

「ちょ!ちょっとまってくれ!無理無理!ピットブルとかマジムリ!」

「はぁ?何いってんの?ちょっと間だけじゃん。犬嫌いなの?」

「い、いや、そう言うわけじゃ…」

「だったら、はい!よろしくね!あ、もし困ったらこれ使って」

そう言うと小鳥は袋からボールを1つ取り出した。


「え?なにこれ?」

「この子が興奮したり、困ったらこのボール投げてみて!ボールに夢中だから!」

そう言うと小鳥はボールを放り投げた。小鳥の投げたボールは50メートルくらいあるはずの広場を飛び越し、林の中に飛び込んでいった。


柴崎はその距離にも驚いたが、猛スピードでボールを追いかける黒い影があっという間にボールを加えて帰ってきたことに最早恐怖を感じていた。


「わ、分かった…」

柴崎は何も言わずに頷くしかなかった。

「おいおい、名前と犬が合ってなさすぎるだろ…色だけじゃねーか…」

柴崎は小鳥に聞こえないようにボソリと呟いた。


ショコラは柴崎の隣に大人しく座っていた。が、全速で走ってきたはずなのに息1つ切れていない事に柴崎は気がついていなかった。

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