第5話 番長の憂鬱★ハラパン②
こ、コイツなんでついて来ようとするんだ?柴崎武蔵は、脳天気な小鳥の言動に怒りすら覚えた。
「ねぇ。柴崎くんも忙しそうだし。もう行こうよ」
一路が小鳥の前に出てきてそう言った。
「おお!一路!ひっさびさだなー!元気だったかあ!?おお!それに傑も一緒かぁ!じゃあ、また今度な!」
柴崎はこれ幸いと、一路と傑に挨拶すると行こうとした。
「アンタ…何か隠してる?私に内緒で何か楽しいこと隠してる?」
小鳥はどうやら少し苛ついてきているのが分かった。
なんてやつだ!?楽しい事とか勝手に決めつけてる上に、自分もそれにあやかろうとする浅ましい考えをしてやがる!柴崎は心のなかで再び叫んだ。
大体こいつ(小鳥)の言う楽しいことが、俺の楽しい事と一致するはずがないと柴崎は確信している。
「そ、そ、そんな筈ないだろ!せりざわーちゃーん!俺も中学の頃のダチに会えて嬉しいよー!」
汗をかきながら柴崎は大げさに笑顔で言った。
おめぇをダチなんて小学生の頃から一度も思ったことある訳ねーだろ!柴崎は心のなかで絶叫した!
「そうだよ!アタシ達仲良かったよね!」
小鳥は下から上目遣いで柴崎を見た。
「う…」
キラキラとした顔の芹沢小鳥を見ていると、柴崎武蔵は胸の奥がズキンとして、急に胃が圧迫されるような不思議な感覚に襲われた。昔の思い出が走馬灯のように蘇る。
「お、おお…うおおえええええ!!」
次の瞬間、柴崎武蔵は過去のトラウマに耐えきれなくなり、その場に膝をつくと思わず耐え難いほどの吐き気を催した。
「し、柴崎さん!!大丈夫スカ!?」
「え!?どうしたんですか?」
「し、しっかりしてください!」
舎弟達は柴崎のもとに駆け寄ってきた。
「ええ?ちょっと柴崎くんどうしたの!?ちょっと大丈夫?」
小鳥が近くまでやってきて柴崎の背中をさすった。
柴崎はその彼女の手の感触を感じた瞬間に、強烈なストレスを更に感じた。
身体がガタガタと震え、動機が激しくなり、視界は一気に狭くなり、身体はしびれ、冷や汗が滝のように流れ、激しい頭痛と目眩を感じ、最後には気を失い倒れ込んだのだった。
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それは2年ほど前の中学2年の終わりかけの頃であった。
柴崎武蔵は当時、中学の外では有名な不良であったが、中学の中では目立たない不良であった。何故ならこの中学には絶対王者、いや絶対女王の芹沢小鳥が居たからだ。
その日は、中学生男子たちの誰が強いのか?と言う青々しい話題で盛り上がっていた。颯爽と現れたのは当時身長180cmにも迫る勢いの柴崎だった。
「おい!お前、俺の腹に思いっきりパンチしてみろよ」
柴崎は体のでかい柔道部の少年にパンチをさせた。
「効かねぇな」
ニヤリと笑うと、今度はその少年の腹部に柴崎はパンチをした。
柔道部の少年はうめき声を上げるとそのまま倒れ込んだ。
柴崎に逆らうものなど誰も居なかった。
はずだった…。
「お!?何々?柴崎くん!空手の練習!?」
楽しげな声が聞こえ振り返る間もなく、嫌な予感がした。
そこに立っていたのは、芹沢小鳥とその友人2名だった。
「えー!?楽しそう!私も入るー!」
無邪気に言う小鳥に柴崎は心底うんざりとした。が、身長も体重も圧倒している自分が逃げるような姿を見せるわけにも行かない。必死に体裁を取り繕った。
「いや、芹沢。これはちょっとした遊びだから…」
柴崎はなるだけ小鳥と関わり合いたくなかった。シンプルに過去の経験上、ろくな事が無いからだ。
「ええ!?いいじゃん。アタシもやるぅ!」
見た目と言動の可愛さと、彼女の「実力」がある意味一致していないことは柴崎はよく知っていた。
「いや、マジでマジで…」
それでもその場を終わらそうとする柴崎だったが小鳥が言った。
「いやいや、こっちもマジでだから…」
小鳥は低いトーンで言った。
低いトーンの小鳥の言動は、ブチギレる一歩前だと知っていた。なので、柴崎は諦めてこの場を早く終わらせることに思考を切り替えた。
「じゃあ、最初、柴崎くん!お腹殴ってよ!アタシ結構鍛えてるんだよ!!」
そういってクネクネとする小鳥を見て、柴崎は得も言われぬ不快感と不安を覚えた。
「じゃ、じゃあ」
柴崎は7割位の強さで小鳥の腹部をパンチした。
「は!?なにそれ?」
更に低いトーンで小鳥は言った。
「え?」
「いや、アンタ!アタシが女だからって舐めてる?手加減いらねーっての!」
小鳥は冷めた目で柴崎を見た。小鳥の目の色が灰色に見えた。
「こと。言葉遣い!」
傑が後ろから小鳥を窘めた。
「えへ♡じゃあ、アタシ行くね!」
小鳥はほぼ躊躇すること無く、柴崎の腹部をパンチした。
ドン!という衝撃が腹部から背中に突き抜けた。
「ぁぶう!?…ううう…」
柴崎は声にならない声を上げて、踏みとどまったが、呼吸は止まり、身体が一気にしびれてきた。目の前が暗くなり今にも倒れそうだった。
「はい。じゃあ、柴崎くんの番ね♡本気打ってくんないと意味ないんだからね♡」
小鳥が言う言葉に、コイツは何と競っているのだろう?と柴崎は不思議でならなかった。
「うらああああ!」
今度は柴崎のフルパワーで小鳥の腹部を打ち抜いた!
ドンという確かな手応え!体重差は恐らく20キロ近くはある筈で、これで少しは黙ってくれればと願った。
が、小鳥は顔色一つ変えずに立っていた。
「いや。だからなんで手加減すんのかな!?アンタ馬鹿にしてんの?」
小鳥は柴崎のフルパワーのパンチを受けても、何一つ効いていないようだ。それどころか声のトーンがより低くなっている。
「もういいよ。じゃあ、アタシも本気で打つから、アンタも次本気で打たないとマジで怒るからね!」
小鳥が言い終わると同時にパンチを放とうとした。
柴崎は自分のフルパワーが本気扱いされず、小鳥のさっきのパンチが本気じゃないってのか!?訳わかんねぇ!と心のなかで絶叫した。
「ちょ!ちょっとま…」
やばいと感じた柴崎が言い終わる前に、小鳥のパンチが柴崎の腹部を打ち抜いた。勢いをつけた除夜の鐘を叩く棒で思い切りお腹を殴られのじゃないか?という位の衝撃が走り、同時に口から昼に食べた給食の中身が全部出てきた。
周りに居た女子生徒達の悲鳴が聞こえ、男子生徒たちが「先生を呼べ!」と叫ぶ混乱の声が響いた。自分の吐瀉物の上に倒れ込んだ柴崎が意識を失う直前に見たのは、まるで自分の行為に身に覚えがないかのように、一般生徒に混じり慌てふためく小鳥の姿だった。
「いや…お前だろが…」
と柴崎は心のなかでツッコミを入れつつ、気を失った。
普段から小鳥のことを避けに避けまくっていた柴崎だったが、彼は改めてこれ以降人生で小鳥と関わるのをやめようと強く思うのであった。
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「柴崎くんどうしたのかな?心配だねぇ」
小鳥は本気で心配そうな声で言ったが、一路と傑は原因が何であるかは大体わかっていたので何も言わなかった。
結局柴崎は意識を失ったまま、舎弟達によって運ばれていった。
後ほど目を覚ました柴崎武蔵は、6人組との喧嘩の時に、実はいいパンチを貰ってたので、それが原因だという事で説明した。舎弟たちは、それで納得した。
「あの女を街で見かけたら、絶対に関わるな!」
と強く舎弟たちに言っていたので、舎弟達はそれ以上深くを聞くことなかったという。
なお、この一件がきっかけなのか、東都西高の一年生たちの間で、柴崎女嫌い・男好き説が出回るのに時間はかからなかった。
彼の高校生活はある意味、入学間もなくに不運な形で破綻したと言っても過言ではなかった。
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