第31話 チェックアウト

わざわざ、これ見よがしにホテルに居るのを

彼女に伝えたくはなかったが、オレは言った。


「ひろちゃん、カメラ、オンにできるかい?」


「カメラ?大丈夫なの?」


「オレ今、家じゃないんだ」


「どこに居るの?」


「カメラ、オンにできた?」



スマホをスピーカーにして

カメラを窓に向けた。



「としさんっ!」


驚きの声、カメラがオンできたんだな。


「ホテル?あの?」


「うん、いつものホテルさ」


「一人で泊まってるの?」


「ひろちゃん、夕方に帰ってたから。

 いつも見たいって言ってただろう?」


「黙ってようと思ったんだけどさ

 好きな人できた?って聞くからさ」


泣きながら、うん、うんと返事する。


「としさん、なにも疑ったわけじゃないの

 本当に会えないんだなって思ったから。

 それなら、としさんに誰かイイ人できたって

 そう思ってあきらめたかったから…」


「お別れの時期が来ただけさ」


「このままでいいじゃない?」


オレはあまり言いたくはなかったが

本音で話をしておかなければと思った。


「男のさがというか、オレだけかもしれないけど」


「やっぱりさ、会いたいと思うのさ。

 そして会えば触れたい、抱きたいと思ってしまう」


「私、おばあちゃんよぉ」


「オレは君より7つ上のじじいじゃないか?」


何言ってんだい?と思いつつ言葉を続ける。


「会えなくなる日を迎える辛さを想像するだけで

 嫌なんだよ。オレ、耐えられないんだよ」


「会いたい?」


「当たり前だろう?この部屋にオレ独りなんだぞ。

 で、声聞いてさ、会いたくてどうしようもないよ」


「だったら会えばいいじゃない?もう少し~」


まるで地団駄を踏んでいるような声だった。



会いたい、会えばまた元通り。

会えなくなった状況でやっと別れられたのに。

オレは彼女に嫌だから会わないのではなく

辛いから会わないと強調した。


それに対して自然に会えなくなるまで

流れにまかせて、このままで居ようと言う。


話は平行線だった。


どれくらい押し問答が続いただろう?

いつまでも話は続けられない。

泣きながらオレを説得する彼女に言った。


「ひろちゃん、今までありがとう。

 これでもう切るよ。

 オレ達は会わないだけさ。愛してるよ」


翔太しょうたちゃんのお守、しっかりな!」


彼女は納得していなかった。

それが証拠に返事は


「おやすみなさい」




プツン


スマホの灯りがテーブルの上で消えていく。


静かな部屋。


カーテンが全開の窓。

宝石を散りばめたような夜景。


せめて最後に顔見て話しすればよかったな。


もうメールも来ないだろうな…


自分から逃げておきながら悔む。


オレはいつまでもソファに沈んだまま。

深夜、1つ1つ消えていくビルの窓灯りを見つめていた。


眠くはなかった。楽にオールできそうだったが

いつまでもこうして座っていられない。

空が白みかけた頃、ベッドへ滑り込んだ。


何度も微睡みながら眠ったのは5時ごろだった。


起きたのは9時すぎ…

朝食は食べる気にならなかった。

シャワーのあと、缶コーヒーを1本。

バスローブのまま無気力にソファに沈む。

やる事は何もない。


まだ11時前か… 

少し早いが出るかな…

なんとなく部屋に居るのが辛い。


オレは帰り支度を始めた。

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