第30話 23時の再会

受信トレイに「おひさしぶりです」の件名


2年ぶりのひろちゃんだった。

近況報告と孫が生まれた話だったが

最後にこう書いてあった。


「一度、思い出話しませんか?

 孫の話もしたいし、ダメですか?」


「もし、OKいただけるなら5分でいいから

 なんてことを思っています」


メールの口調に改めてオレ達は別れた事を確認する。


そうか…孫自慢だな、じゃあ、いいかな?

オレは寂しかった。声が聴きたいと思った。


話す時間、いつにしようか?

5分で終わるわけがないし・・・

彼女は主人が旅行で出かける日があるので

できればその日に話せたら?と言ってきた。

話す日は決まった。時間は夜の23時。


オレはその日はホテルに泊まることにした。

家ではなく、独りで話がしたかった。

あの想い出の部屋で話すのもいい。




当日、ホテルに入る。

50Fのアサインだ。


一人でここに来るのは何度目だろう?

話すのは23時なのに夕方からうろうろする。


23時。 


30秒ほどすぎ、デフォルトの呼び出し音。

焦らそうかな?と思いつつ4回で出る。


「あ、としさん?ひろです」


いつも通りの呼びかけだった

オレはうれしかった。

敬語で話されたら、すぐ切ろうと思った。


「元気?」


「孫、男の子なの、かわいいわ。おばあちゃんよ」


「うちはまだだよ、結婚無理かもしれないなあ」


そんな話が続く。


10分ほど話しただろうか?

なにかの拍子に空気が変わった。



「としさん?最近どうしてるの?」


「どうもしてないさ」


「感染もましになったよね、5類っていうから」


「感染症さえなければお別れしなかったよね」


「ん~どうだろう?遅いか早いか?だろうね」


「としさん、好きな人でもできたの?」


オレはカチンときた。


「なんでそんな事言うんだよ?」


「なんとなく」


オレは今でも愛している。

言いそうになったがやめた。


「なんか別れてしまったら、距離っていうか

 感じてしまって、寂しくて、ずっと寂しくて」


「それでね、孫ができたら

 としさんの事なんか忘れるって思ってたの」


「うん」


「でもね、忘れるどころか…」


泣き出した。


懐かしい。この部屋だ、傍に居るように感じる。


「としさんとの事、どうしても…」


「これからはお孫さん見てあげなきゃ」


「見てるわよ」


「さっき孫の名前、翔太しょうたって言ったでしょ?」


「うん」


「ほんとはね…」


晃弘あきひろにしたかったのよ」


付き合って18年、初めてオレの名前を呼んだ。


「なんでオレの名前なの?」


「としさんの本名を付けたら

 いくらでも名前を呼べるし抱っこもできる。

 大きくなるでしょ、見守れるもん」


「それで、あきひろ君は幸せな結婚するのよ」


「あきひろ君の幸せを見届けて最後を迎えたいのよ」


オレは愕然とした。


彼女は孫の幸せをオレに重ねたかったのだ。


そんな事を考えていたなんて…


あきひろ君の幸せか…


オレはけっして幸せだとは言えなかった

この30年余りの結婚生活を思い浮かべた。



「としさん、好き?」


「ねえ?」


またカチンと来た。

ひろちゃん自身が今回別れた理由を

オレに誰か?新しい女ができたのかと

疑ってる節があるのが嫌だった。


オレは愛していると伝えたくなった。


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