第29話 お別れ

あっと言う間に日本が世界が変わった。


連日ニュースで流れる感染者数、死亡者数。

人の流れが止まり経済が停滞する。


オレは普通の商社、売り上げは落ちるし

出社はままならない。俗に言う商売あがったりだ。


ひろちゃんのほうも医療関係だし大変だろう。

メールで様子を聞いたが、病院はどうでもいいという。


ええ?家の事なのにエライよそ事だな?と思った。

結局、あの日の恨みが消えていないのか?

主人との生活はただ暮らしてるだけなんだな。

考えたらオレ達は似た者同士なんだと改めて思った。


そんなお互いの家の話より、この感染症のせいで

オレ達が会えないという話ばかりが盛り上がった。


オレは正直、会いたかった。

まあ感染うつったとしてもワクチン打ってるし

大丈夫だろ?くらいの軽い感覚だった。


だが、彼女は今回のパンデミックには慎重だった。

彼女も医者の妻だし、独身時代は薬剤メーカー。

お父さんも医療機器メーカー医療従事者の家庭だ。




今までも会えない時は半年くらいは会えなかった。

だが今回は、このパンデミックの収束が見えなかった。


そうこうしてる間に娘さんがが結婚したいという。

主人はまだ早いと怒ったそうだが

ひろちゃん自身は反対する気はなかった。

彼女には伝家の宝刀A4の遺書がある。

もう主人の言いなりにはならなかった。


そうこうしている間に結婚の話は進み

このような状況なので先に籍を入れてしまい

密かに親族のみで形だけの式をしたという。



そのお祝いも兼ねてひさしぶりに電話で話す。


娘さんおめでとう。よかった、おめでとう。

としさんちはまだなの?

うちは息子2人ゲームで遊んでばかりさ。


そんな子どもの近況を話すなか。


「私もおばあちゃんになっちゃう。いやだわ」


そこから孫ができたら?という話になり

オレは今がチャンスだと思い、別れを切り出した。


いつか何かのきっかけで会えなくなる。

その時がお別れ、そうしよう。

何度も今まで話をしていた。今がその時だよ。


なんで?どうして?

ひろちゃんは焦ったように尋ねる。


これからどれだけ感染が続くかわからない

パンデミックはいつか終息する。

それはきっと何年も先の事だろう。


また会ってデートを重ねたらお別れが辛い。

今会えない状況のまま自然にフェードアウトしよう。


メールで電話で、オレ達はそうとうの時間話合った。


本当に辛い話合いだった。

18年の想いは簡単に断ち切ることができない。


思いを断ち切るのではなく、その思いを抱えたまま

ただ会わないだけだ、思いはそのまま。


オレは何度も呪文のように繰り返した。


ほとんど毎日メールのやり取り。


そんな中、娘さんが妊娠した。

出産予定日も決まった。

この感染症の中出産準備。


ひろちゃんはその忙しさの中こう言った。


「会わないだけでお別れじゃないよね」


「これをきっかけに、子どもたちの事見て

 生まれてくるお孫さん、しっかり見てあげなよ

 そろそろ家族見守る時期かもしれない」


そんな言い方で話を閉めた。


「ええ…」


「としさん、今でも私が好き?」


「会えなくても好きさ」


「結婚するよね?私たち?」


「あの時誓っただろ?するさ」


さようならが言えないままに

別れ話は延々と続く。


スマホを持つ手が痺れる頃


オレたち2人が終わった。



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