第27話 いつかその日が来るまで

あの婚約式から1年が経った。

もちろんオレ達は年に2~3回会って

関係は続いていた。


おもしろいものであの日から

彼女は元気になったという。


もちろん主人が生まれ変わったわけではないが

あのレイプ事件から、罵声を浴びせることもなくなり

彼女への風当たりは少しゆるくなった。


1つは主人の仕事が変わり、病院勤務を辞めて

家にもどった(開業医)ことが大きい。

主人にすれば、勤務医から院長先生は気分がいいのだろう。

態度は偉そうで相変わらず酷いが、患者の手前もある

少しは大人になったのだろう。



それにひろちゃんには切り札があった。


一度娘の小学校のお受験で言い争いになった時があった。

普通の公立小にではなく有名私立小に行かせる。

当時流行っていた、お受験を決めたのだ。


ひろちゃんは不安だった。普通でいい。そう主人に言った。


「つまんないとこへ行って、お前みたいにバカになったら

 困るからな。教育は大事なんだよ。わかんないのか?」


「嫌なら出ていけ、かまわないよ。そのかわり路頭に迷うぞ」


と脅したらしい。


ひろちゃんは、すました顔であのA4何枚かの遺書を見せた。


「これ、子どもたちと親戚とご近所に撒いて

 それから出て行って、路頭に迷って死ぬ事にします。

 どうせ私はあの夜、死んだのですから」


「なんだこれは…」


「コピーです。原本はしまってあります」


「そんな、昔の話じゃないか?」


主人は愕然とした。

そんな事はとっくに忘れていた。


それになんと、あの夜、体の傷も何枚か写メしておいたというのだ。


「よかったら見ますか? あなたの爪とは書いてないけど」


そんなセリフまで吐いたという。


主人は結婚して初めてひろちゃんに謝った。

涙を浮かべ、土下座して謝ったという。



オレはそれを聞いて本当に驚いた。

人間変わるもんだな。

私はダメだ、役立たずと泣いていた彼女が別人だ。


あんなのような婚約式だったが

あれが彼女を変えたのかな?

でも、オレの思いを受け止めてもらえてうれしかった。


彼女のメールを見るたびに思う。


もうこれで、オレに会わなくてもやっていけるだろう。


ソウルメイトの話は聞いていた。

それに彼女が平穏な生活を手に入れた事を知り

よけいに思ってしまう。


オレ達が繋がっている必要もなくなったのではないか?


それを彼女と語る勇気はなかった。


たとえスケジュールが合わなくて実際に会えなくても

オレは満たされていた。愛されているという実感があった。


自分の家にはそれがない。

あいかわらず奴は好き放題で暮らしている。

子ども達も中高大と進むにつれて進学で家を離れた。

本当にヘルパーさんとの暮らしになった。


オレはひろちゃんに愛されている

という事実だけに縋って生きていた。


年に2~3回でいい。

身体の関係もどっちでもいい。

会ってふれあい、語らうなかで

彼女のやさしさやかわいさに癒される時間が

オレの生きる糧となっていた。


付き合い始めた頃。

彼女が冗談で言っていた


「40になったら別れようかな?おばあさんになる前に」


その約束を2人はわかっていて知らんふりした。


5年、10年とアッと言う間に月日は過ぎる


オレ達はいつ?幕引きをするのだろう。


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