第25話 無言

目が慣れた闇でも顔の表情は分からない。

空気清浄機の音と声だけが部屋に響く。


ひろちゃんは比較的淡々と語るがその中身は

本当に聞くに堪えない酷いものだった。


あの夜、主人は機嫌が悪かった。

仕事で嫌な事があればすぐわかる。

なにかにつけて文句を言い、当たり散らす。

ぶつぶつ言いながら飲み続けている。


下戸のひろちゃんは酔っぱらい自体が怖かった。


子どもを寝かしつけ、自分も寝ようと寝室へ。

同じ寝室だが、ベッドは各々1台づつ。


泥酔状態のままベッドに入ってきた。

いつも何の前触れもなく求めてくる。

怖い。それに女の子の日だった。



丁寧に断る。

それに腹を立て、強引に求めてきた。

髪を掴まれ、パジャマのボタンが飛んだ。

声は出せない。子どもが起きてしまう。


そして無理やり裸にされ入ってきた。


痛みと恐怖の時間が終わる。

信じられない…

布団をかぶって、ただただ泣いた。


その態度が気に入らないと

布団を剥がそうとしながら罵声を浴びせる。


「鶏ガラみたいな体のくせに

 やってもらえるだけ感謝しろバカ」


「そうだ、お前豊胸したらどうだ?

 いくらでも医者紹介してやるぞ」


隙を見て布団から飛び出す。

全裸のままトイレに入り鍵をかけた。


自分の身体を抱き落ち着こうと努めた。

涙と震えが止まらない。

主人は追いかけてこなかった。


しばらくしてトイレから出る。

静かな寝室に高いびきが聞こえる。


あわてて風呂に入った。

鏡で全身チェックする

爪の跡か?腕や身体に傷が付いていた。

夏場じゃなくてよかった。


また涙が止まらない。

汚れた身体を洗う。

引っ張られた頭がズキズキ痛む。


風呂から上がり、リビングへ。

そこでオレに電話してしまった。

慌てて切ってそのまま朝を迎えた。。


なんとか平静を装い子どもの相手をする。

主人が少しバツが悪そうに起きてきた。

なにか謝っていたみたいだったが当然シカトだ。


主人と子どもを送り出し寝室へ行く。

自分のベッドを見て震えた。

まるで殺人現場のようだった。


マットレス以外、シーツ、枕、すべて捨てた。


主人のベッドはそのまま、一切触れなかった。


そしてその後、美容院へ行った。

ベリーショートにした。

主人が触れた髪はもう要らなかった。


彼女の変貌には驚いたのか?

主人の態度が変わる。

夜、求める事もグラスを割る事もなくなった。


何事も無いように我慢して過ごした。


だが、心に刻まれた傷はあまりに深かった。

メニエールからの眩暈。吐き気。

食欲が減り痩せていく。


主人も一応は医者の端くれ。

彼女の憔悴した姿に狼狽えた。


彼女自身、もう、どうでもよかった。


今までの主人の行いを明確に記録。

A4何枚かになる遺書。

自分の死をもって主人への復讐とする。

そしてオレとの時間を最後にしよう。


面白いもので、その決意が固まってからは

精神状態も安定してメニエールも収まってきた。


これなら会える。


そして今日、今だった。



「としさん、こんな話聞かせてごめんね」


「としさん?」



誰にも相談せず子どもにも悟られず

今まで暮らしていたのか?


今、こうしてオレに話す辛さ。

どれだけのものだっただろう?



オレは彼女の呼びかけに返事ができなかった。


泣くのを堪えるのが精いっぱいだったから。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る