第21話 茜色の約束

卑怯な女か…

そりゃ言い方だろう?


「卑怯って。誰でもそうだろう?

 金のためにがんばる事のは当然。

 オレだって生きるために

 嫌な事も我慢してがんばってるしさ」


オレは懸命に彼女に説明をする。


主人の意にそぐわないからダメだなんて。

そんなケースはいくらでもある。


「うちだってお互いに不満を持っているし

 現にオレがこうして嫁から完全に心離れてるじゃん?」


「としさんの奥さんはちゃんと家の事してらっしゃるんでしょ?

 ちゃんと子育てもされてるだろうし」


「そう言われればそうかもしれないけどさ

 オレ自体がATM扱いをされてるから心が離れたのさ。

 だから奴がちゃんとやってるかと言われたら

 やってるかもしれないけど」


「オレの給料があるから奴は働いてるだけだよ」


「!」


そう言って、ふと気づいた。

金があるから働いてるだけって…

ひろちゃん自身がまさにそう言った…


オレがまずいと思ったのを察知したのか


「としさん、愛が感じられないって言ってたでしょ?」


「うん」


チャットルームの時から何度も言っていた。

妻の愛がまったく感じられないのだ。


「どういう所でそう感じたの?」


そうだなぁ…


宙を睨み、真剣に考えてみる。


言葉、態度全てにおいて不満なんだ。

オレへの労いや気遣いは感じたことはない。

レスもそうだが、オレとの暮らしが事務的なのだ。


また逆に聞いてみた。


「ひろちゃんはさ、ご主人に愛はあるかい?

 どんな所でそれを表現してる?」


彼女も真剣に考えている。

結局精一杯がんばっているが認めてもらえない。

主人の求めるものと自分は程遠いのだと思う。

そんな風に表現した。


求めるものと自分との乖離。


そうか?


はたと気づいた。


奴が求める理想の旦那はもっと高給取りで

容姿も素晴らしくないとダメだということなのか?


オレは見た目もそれほど悪くない

給料も世間の同年代より少し多いのだが

奴にすれば、もっともっとと言う事か?


そしてひろちゃんの主人からすれば

彼女は妻としてダメなんだ。

もっともっとと言うことなんだ。

その不満からコップを割り、水をぶちまけるのか?



結局、オレ達2人は、相手にダメ烙印を押された。

その仕打ちに耐えられずに逃げて巡り会ったんだ。


「ひろちゃん、卑怯なんて思わないでくれよ

 オレもそうだし、みんな生きていくうえで

 我慢して、譲歩して、自分にウソついて生きてるのさ」


「……」


「いじわるっていうか、嫌な事もあると思うけどさ

 1度くらい反撃してもいいんじゃないか?」


「反撃?」


「うん、コップ割られたり怒鳴られたりしたら

 言い返すとか、旦那さんに水かけるとかさ」


「え~そんな事ができるならこんなに苦しまないよ」


それもそうだな…


「じゃあさ、何でもいいよ、オレにさ

 嫌な事あったらメールに書いて。

 誰にも言わないよりはいいよ」


「そんな~としさんに言えないよ…」


「あのエレベーターで言ったじゃん?

 オレのカミさんだって、だから。

 なんでも話してほしいよ。」


「…」


「これからは吐き出すんだ。全部オレに。いいね?」


そう言いながら両手を出した。


清楚な顔がゆがむ。


オレはその薄い背中を抱きしめながら

そろそろだなと心の中で呟いた。


別れの時間を示す夕焼けが

この部屋に差し込んで来たから。








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