第19話 秘密

ある日のデート

いつものホテルでお部屋で昼食。


彼女が1Fの商業施設でお惣菜やお弁当を買う。

それを部屋で2人で食べるのが最高の時間だ。


テーブルにお寿司、揚げ物、サラダ、お惣菜

食後のケーキまでが並ぶ。


食事が終わり、デザートのケーキになった。

ティーバックの紅茶を入れてくれるという。

オレはテーブルの総菜パックや容器をかたずけようと

グラスを持ち上げた。それと同時にひろちゃんが

マグカップを置きにきた。


パリーン


音を立ててグラスが割れた。

薄かったのでけっこうな破片が飛び散った。


「あ!ごめんよ。大丈夫?」


「うん」


彼女は一瞬慌てたが声は冷静だった。


「ごめん、だいじょうぶ?掃除してもらおう」


オレはそう言って電話に向かい立ち上がった。


「いいのっ、やるからっ」


こんな激しい語気は初めてだった。

オレは親に叱られた子どものように

そのままベッドの上に座った。


「だいじょうぶよ、だいじょうぶ」


そういいながら丁寧に欠片を拾う。

でも細かい欠片は手では無理だ。

キラキラとそこらへんに輝いている。


「やっぱり危ないよ、今掃除機持って来させて…


「いいってっ!」


オレは思わず顔を覗き込んだ。

今まで彼女が怒鳴るなんて1度もなかった。


「ひろちゃんどうしたの?」


様子がおかしい

いや、正確にはおかしくないのだ。

あまりに冷静すぎる顔つきがおかしい。


「……」


返事もせず、欠片を懸命に拾っている。

オレは彼女がグラスを割った事に

腹を立てているのだと思っていた。


「………」


鼻歌?


彼女はなにか音を出している。

正確には何か言っているのだが

それは微かな鼻歌のように聞こえた。


おかしい…


甘えん坊モードはどこへ行ったんだ?


「ひろちゃん、ねえ?ひろちゃん」


「……」


ある程度欠片を始末できた彼女に声をかける。


「ごめんよ、ほんと、だいじょうぶ?」


「うん」


頷くが、こっちを見ない。

オレは後ろから肩を軽く抱く。

微かに震えているようだ。


「ひろちゃん、どうしたの?」


「なんでもないの」


「何でもないことないないよ」


オレの手を振り切ろうと肩をひねった。


「ひろちゃん?」


「離して」


そのままバスルームへ走る。

洗面所で泣いているようだ。


オレはその間にフロントに電話。

グラスを割ってしまったことを告げる。


しばらくしてお部屋係の男性が

手際よく掃除をしてくれた。


その間、彼女は戻ってこなかった。

オレはあえて知らん顔のまま

戻ってくるのを待つ。


掃除が終わったのを見計らって部屋に戻る。


「心配なんだけどなあ」


「え?」


「逆にさ、オレがそんな態度をとったら

 ひろちゃんは心配しないかい?」


「……」


オレは両手を広げていつものをした。


目に涙を一杯に溜め首をふる。


「じゃあ無理には聞かないけど

 オレはどんな話でも聞きたいよ。

 全部受け止めたいよ」


そう言いながらまた手を取った。


「としさんには関係ない事だから

 隠しておきたかったんだけど…」



涙がこぼれた。



「家でね…」



それは彼女が絶対に隠しておきたい

誰にも相談できない話。


誰もが羨む裕福な家庭だと思っていた。

彼女の本当の生活は辛いものだった。


ずっと気になっていた、彼女の生活。


憂いを帯びた美しさは仮のもの。


本当の姿で暮らしてほしいな。


心からそう思った。





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