第12話 主人の影

「ごめんね」


もうこれで何回目だろう?

ななさんは謝り続けた。


「もう謝らないで。怒ってないよ

 治ってよかった、ホッとしたわ」


「でも私のせいでランチが…」


眩暈も椅子に座って収まった。

今は顔色も戻り、正常になりつつあった。


彼女は持病をオレに知られたくなかった。

けっして嫌であんな態度をとったのではない。

昨夜、楽しみでなかなか眠れなかった。

薬は飲んだが、寝不足から再発したのかもしれないと

一から順を追って説明してくれた。


オレは飲茶ランチがおじゃんになった事よりも

フラれなかった事がうれしかった。と伝えた。


「嫌だったら今としさんの横に居ないよぉ」


少し恥ずかしそうに言う。


そうだ、オレが嫌いなら「カミさん」

なんて言われたこと激怒するよな?


オレは触れ合いがない=嫌いではないと

やっと信じ始めた。


ホッとしたら腹も減ってきた。

食事できるか?聞いてみた。

もう大丈夫だという。


1Fの喫茶店に入った。

彼女は残念そうに呟いた。


「あ~悔しい。行きたかったな」


「次回のお楽しみでいいじゃない?

 でもさ、ななさん高いところは大丈夫なの?」


「私こう見えても高いところとか

 なんともないのよ。弱そうだけど」


「じゃあ、体調と相談してリベンジね!」


「え?いいの?また来れるの?」


「嫌われてないって分かったから

 これからどんどんデートに誘うよ」


「ほんと!うれしい」


飲茶がパスタに化けたが初ランチだ。

オレは恋人気分でうれしかった。


まだ2時すぎだ。あと1時間くらいは大丈夫だという。

オレ達は人気のない場所へ行きたかった。

喫茶店を出て駅へは行かずに反対の

川沿いの遊歩道を歩くことにした。


春の日差しは暖かく、桜ももう満開だ。


手つなごうか?

言えないのは何故だろう?

触れたら断られるような気がする。

また迷いだしたよ、オレ…


「としさん?」


「え?」


「どうしたの?」


またつまんない事考えてスルーしたか?


ヤバい、そうだ、さっきのお詫びをしよう。


「オレのカミさん」だと宣言したこと。


遊歩道には所々にベンチがあった。

少し座ろうとななさんを促した。

彼女は少し怪訝な顔をした。

なんだ急にと思ったんだろう。


うまい具合に周りには誰も居ない。

座ったと同時に謝った。


「なに?」


「いや、さっきさ、エレベーターで

 オレ、失礼な事言ったじゃない?

 ほんとごめんなさい」


「え?なんで?」


「オレのカミさんだって… ごめん」


「え!そこ?もう~なにかと思った。

 なにかまたあるのかって心配したの。

 謝らないで。私うれしかったの」


「あ、ちょっと恥ずかしいからむこう向いて!」


顔を見て話せないから背をむけろという。

オレは話が聞けなくなるのも嫌なので

言う通りにした。


「私、庇ってもらえるとは思わなかったの

 としさんあの人達に文句言ってくれたでしょ」


「うん」


「としさん絶対謝ると思ったの」


「なんで?こっち悪くないじゃん?」


「あれが主人だったら私に怒鳴って

 きっと向こうに謝ってたわ。

 だから私、守ってもらえてうれしかったの」


主人だったら?…


オレは驚いて振り返ってしまった。





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