第11話 漫才師 VS 不倫男

若いサラリーマン2人だった。

まだ新入社員かもしれない。

なんとなく漫才師に見えた。


エレベーターのドアが開くなり

中年の男女が抱き合う。

こんな状況を見て驚かない奴はいない。


「おっ」


左が小声を出した。

右は大きく目を見開いた。


2人は瞬時にオレに背を向けた。

そして1Fのボタンを押しながら

頭上のデジタルを目で追った。


「すごいっすね」


「見るなよ、おい」


チラチラこっちを見ながらうれしそうに話す。


オレは壁にもたれてななさんを抱いている。

彼女の顔が見えなくてよかった。

よし、このままいけばいい。

オレはシカトを決めることにした。


「離れないな」


「AVの撮影じゃないですか?」


「あ~それな!」


うれしそうに笑う。

これ見よがしに言いやがって

右のが先輩だな?

そんな事を思ったとたん

オレの左肩から声が聞こえた。


「私のせい…ごめ…」


その瞬間オレはキレた。


「おいっ、小僧、何だ?用か?」


「あ~?」


2人は同時に振り向いた。

左は怯えた顔をしていた。

右は薄ら笑いから凶悪な顔に変わっていた。


「今、なんつった?おい?」


「だから、用があるなら言えよ」


「なにぃ?しめるぞじじい

 調子に乗りやがって

 いつまで抱き合ってんだ?

 頭おかしいんじゃねえのか?」


「うるせえ、見てわかんねえのか?

 これが抱き合ってる姿か?」


その瞬間、右は「おや?」っという顔をした。

バッグが床に落ちてるのに気づいたのだ。

よく見れば彼女は抱かれてるのではなく

支えられてる状況だと分かる。


「抱き合ってるだろ…」


そう言いながら左は狼狽えていた。


オレは、よし勝ったと思った。


調子に乗ってまくし立てた。


「上で倒れたんだよ」


「それに」


「これはオレのカミさんだ。

 自分の女房抱いてなにが悪い?」


右はしまったという顔をした。


「いや、そんなの聞かなきゃ分かんないっすよ

 抱き合ってるって思ったから、すいません」


少し頭を下げた。


左も頭を下げ尋ねた。


「すいません。奥さん、大丈夫っすか?」


「うん」


2人が戦闘モードが解いたので

オレも即座に語気を改め言った。


「いや、オレも怒鳴って悪かったよ

 急な事でパニくっちゃって、ごめんね」


「奥さん」という表現がうれしくて

にやけそうになりながら返事をする。


1Fに着いた。


「どう?歩けるかい?」


急に旦那モードになった。

相変わらず髪で表情は見えないが

なんとか自力で立たせることができた。


足元のバッグを拾い小脇に抱える。

それを待ってななさんはオレの腕に摑まった。

また二人三脚のように歩いた。


2人は先に出てドアを押さえてくれた。

オレはこの漫才師に好感を持った。


門番のように立つ2人に軽く頭を下げた。

右の奴が「お大事に」と声をかけ

足早にホールのどこかへ消えた。


どうしよう?休ませなきゃ。


1Fフロア少し離れた所に休憩所が。

イスもある。そこまで歩かせよう。


「ななさん、とにかく、座って休憩しよう」


「うん」


初めて声を出した。

あわてて顔を覗き見る。

顔色は悪かったが生気が戻りつつあった。


オレは返事を聞いて少し安心したが

歩きながら別の意味で汗が止まらなかった。


「オレのカミさんだ」


って言っちゃったよな…


怒ってるかな?


どうしよう?





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