第10話 隠し事
オレは腕を組まれた瞬間カチンときた。
いままで全然近づいてもくれなかったのに
急に「ごめん」で腕を組むってなんだ?
いきなりおかしいだろう?
これでもうお別れだから
最後に腕でも組んであげようか?
そんなつもりで「ごめん」かよ?
腹が立ったオレは
声のトーンを落として言った。
「なんだ?どうしたの?」
「ごめんなさい」
オレの言い方に棘があったのか?
ななさんは謝った。
でも、そう言いながら腕は組んだままだし
心なしか力も余計に加わっている。
わざとらしく腕を組んだ事に「ごめん」だろ?
オレは思わず彼女の顔を見た。
腕に頭を着けているので表情は掴めないが
腕を組んでいるというよりも
しがみついている状態にちかい。
「ちょっとななさん、どうしたの?」
「ごめんなさい… 眩暈が」
「え?いつから?」
「エレベーターで」
「なんで言わなかったんだよ?」
「私、メニエールなの。
としさんに知られたくなかったから
お薬飲んだからでないと思ったけど
我慢できなくて、もう無理で
黙っててごめんなさい」
早口が切羽詰まった証だった。
立っているのがやっとなのだ。
メニエールか?聞いた事がある。
耳か?なんかの病だっけ?
オレがさっき中で感じた違和感。
あの時から彼女は眩暈で苦しんでいたんだ。
エレベーターが来た。
二人三脚のように中に入った。
コの字の壁に掴める手すりなど無い。
彼女を三角の隅に立たせ
壁とオレではさむようにして支えた。
このまま下まで行くしかないな。
「大丈夫?このままいける?」
「ほんと、ごめんなさい」
エレベーターは動かない。
ドアも開いたままだ。
なんでだ?
イライラしてドアを見た。
1Fのボタンを押していなかった。
彼女を立たせてオレが一人で
ボタンを押しに行くのは無理だ。
オレが離れたら倒れてしまうだろう。
誰も乗ってこない。
どうすれば…
「ごめん、ななさん、支えていい?
触ってしまうけど」
触るなんて変な言い方だなと思いながら
彼女の左脇から手を入れて抱えようとした。
その瞬間、彼女はなにも言わずオレに抱き着いた。
素早い動きだった。もう限界だったのだろう。
ガシっと音がしたような気がした。
それと同時に左肩からバッグがずり落ちた。
いつかの花の香りがした。
意識を失っていない分、自力で立ってはいるが
力が抜けた身体は重かった。
ドアが音もなく閉まる。
どうしよう、ボタンを押さないと
そう思うが動けない。
オレは思った。
もし、ここで彼女が死んでしまったら?
「ネットで出会った中年カップルの悲劇」
「男の腕の中で女は死亡」
「不倫の末路はエレベーター内での怪死」
そんな見出しが浮かんだ。
せっかくのデートだったのに
こんなことになるなんて。
嫌な汗が全身から噴き出す。
今となってはバカみたいな話だが
オレは本当に怯えた。
その時ガクっと音がして降下が始まる。
誰かが下でボタンを押したんだ。
早く降りてくれ。
早く1Fへ。
それだけだった。
29・28・27・26・・・・
焦りからか?降りるのが遅い。
デジタルを祈るように見つめる。
降下の音が変わった。
え?
スゥ。
エレベーターが止まった。
そうだった…
なにもこのエレベーターを使うのは
レストランの客だけじゃない…
ドアが開く。
男が2人乗ってきた。
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