第9話 最上階での豹変

3月のデートがあまりに短いものだったので

オレはまたすぐ会いたくなった。


次の出張は何も決まっていなかった。

なので「出張が決まった」と嘘をついて

今度は1度ごはんでも行かない?と誘った。


それを聞いた彼女は大喜び。

平日昼間なら行けるという。

2人で相談の結果、会うのは4月の平日。

ランチバイキングへ行く事になった。


某高層ビルの最上階。飲茶バイキング。

少し遅いほうが店も空いてるだろう。

12時半に駅で待ち合わせた。


オレはいつもどおりのスーツ。

彼女はセーターとパンツルック。

肩から下げた淡いピンクのバッグが春を思わせた。


駅から歩いて10分ほどだ。

腕を組むでもなく手をつなぐでもない

そんな距離で2人は歩く。


子どもじゃないんだし

手つないだりしないか…

楽しそうに話す彼女を横目に

またそこが気になる。


お目当てのビルに着いた。

レストランは最上階の30F

夜景がきれいだろうな。

でもディナーは無理だ。

彼女は子どもも小さいし昼間しか

でかけることができない。


4つ並んだエレベーター。

▲のサインが点灯。


「さ、行こうか」


「★多かったから混んでるかもね」


「もう1時だし、空いてくるよ」


「うん」


嬉しそうにオレに微笑む。


でもエレベーター内で沈黙。

ある意味ここは個室だ。

なんとなく緊張してしまう。

やっぱり2人の距離は微妙に空いていた。


途中10Fくらいで止まる。人が乗ってきた。

そのおかげで2人がくっつくほど近づいた。

彼らは最上階まで行かずに途中で降りる。

このビルは25Fまでが企業のテナント

26Fからがレストラン街だ。


また2人だけになり、少し彼女が動いた。

なぜ離れるんだろう?何気に横を見た。


オレはその時おかしな空気に気づいた。

あきらかにななさんの顔が沈んでいる。

何となく、あれ?おかしい…


オレの傍が嫌なのかな?

気になったが聞けるわけがない。

オレは知らん顔して


「やっぱ30Fだと時間かかるね」


と声をかけた。


「ええ…」


なんとなく生返事に聞こえた。

やっぱり変だ。嫌な予感がした。


30Fに着いた。

時間は1時前だがけっこう人がいる。

お目当てのレストランは混んでいた。

店の前には待ってる客が5人ほど。


「混んでるね。どうしよう?」


「・・・・」


無言じゃないか?

オレは慌てた。

なんとかしないと。


どれくらいかかるのかを聞きに店に入った。

スタッフに聞くと40分ほどかかるという。


「40分待ちだって、他、探そうか?」


「降りない?」


え?普通待つか他の店へ行くだろう?

2人で何度も相談して決めた店だったのに。

さっき待とうってオレ言ったはずだよな…

降りようって?デートも終わるのかよ?


やはりオレが嫌なのかな?

最初その気だったけど

何かの理由で気分を害したのか?

オレは平静を装った。


「うん、じゃあ、待つのも嫌だし下で探そうか?」


静かにうなずいた。

しかたない。

エレベーターの前に立つ。

相変わらず彼女は無言で俯く。


オレのなにが悪かったんだろう?

▼のボタンを押しつつ押し黙る。


重苦しい雰囲気のまま並ぶ2人。

しかたない。お別れだなこりゃ。


そう思った瞬間。


「としさん、ごめんなさい」


小声で囁いた瞬間

ななさんはオレの左腕にしがみついた。




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