第18話 学生服を着たラスボスは嫌な奴でした

 空間が裂けた。

 そう表現するしか無かった。虚空にいきなり亀裂が走ったのだ。亀裂の中は果てしてない闇に見えた。ブラックホールはこんな感じなのだろうか。


「レミよ。この演出はやりすぎじゃないか?」


 俺はそうあって欲しいという願いを込めてそう聞いた。


「おかげさまで、同接数が史上最高を達成しそうよ。言ったでしょ。私クラスになるとハプニングを起こせるの」


 言葉は強気だが、額から流れる冷や汗が、かなりの想定外であることを物語る。

 亀裂を警戒心MAXで注視していると、中から人間の腕のようなモノがニョッキと生えてきて、亀裂の縁を握ると自らの体を引っ張り上げる。

 出てきたのは高校生くらいの少年だ。いや、間違いなく高校生だろう。あるいは中学生。何故って?着ているものが学ランだからだ。


「ちっ。ダンジョンスタートかよ、うぜぇ」


 なるほど。何者かは分からないが、いけ好かないガキである可能性が高い。第一印象って大事だよね。


「おい、貴ー」


 高圧的に話しかけようとした紅をレミが止める。相手の出方が分からない以上、最初から食って掛かるのはリスクが高すぎる。


「こんにちは。今のどうやったんですか?空間転移ですよね!」


 レミは営業スマイルで話しかける。


「あ?空間?そんなしょぼいものと一緒するなよ」


 レミのコメカミにひっそりと青筋が立つが、そこは長年の猫被り技術でカバーする。


「え、え!?どういうことですか?」


「はぁー、さすがに8回目ともなると飽きるな。さっさと済ませるか」


 レミの質問には答えず、少年ガキは右手を天にかざす。そこから、この空間を埋め尽くすほどの大きさの光球、恐らくエネルギー体が生じる。いよいよ空間のキャパシティを超えるかというタイミングで一転して体積を爆縮させテニスボールだいとなった。

 圧縮されたエネルギーが今にも爆発しそうで小さな恒星の様である。美しく見えなくも無いが、十中八九あれは攻撃手段であり、俺達に向けられている。疑問は尽きなかったが、今は安全を確保をするのが最優先である。"絶対純潔領域"の出力を一気に臨界点まであげる。あの光球の存在感から、出し惜しみしていては防げないだろう。


「ここは俺がなんとかするから、みんなは逃げろ」


 俺は光球から視線を外さずに結界を最大出力で張りつつ指示を出した。


「馬鹿なこと言わないで。流石のアンタでもアレは一人じゃ無理よ」

「キヨが残るなら妾も残る。それが番となった者の運命だ」

「私はいつだって先輩をサポートするのが仕事です」

「ボクは逃げたいけど、配信主としてはその選択肢は無いかなぁ。君を見捨てたら多分、炎上する」


 それぞれが俺を心配する言葉を発して躊躇する。そんな様子を嘲るような表情で少年は気だるそうに腕を振って光球を俺達に放つ。


 光球とぶつかった結界はなんとかその体裁を保っている。しかし、小さな恒星は完全には止まらず、激しいエネルギーの余波を撒き散らし結界ごと押し込みながら少しずつこちら側に近づいてくる。気を張っていないとすぐにでも結界は破られそうだ。


「はは、これをちょっとでも止めるなんてアンタも転生者なのかな?でも、ざんね〜ん。俺には遠く及ばないね」


 少年が腕に力を込めると光球の勢いが増した。


「早くしろ!!撮影のスタッフもいるだろう!?彼らを避難させてくれ。それがプロだろ!!」


 レミに向けて叫ぶ。レミは唇を噛み締めて決心すると駆け出す。


「夫婦だというなら、たまには亭主の言う事を聞け!ドラゴンの夫がそう簡単に負けてたまるか、そうだろ?」


 紅は涙目になりながら頷く。今度は嘘泣きでは無いだろう。


「桜井も先に帰って報告書を書き始めておいてくれ。これだけの事態だ。相当の大作になるだろう?」


「でも!!」


「頼む。二人はレミのサポートを頼む。二人にしかできない事だ」


 それでも残ろうとする桜井を紅が無理やり抱えてレミの後を追った。


「怨塚喜べ。すでに同接5万を超えてる。多分、ここでお別れだな」


「今言う事!?後半は死亡フラグにしか聞こえないけど?」


「安心しろ。俺を誰だと思っている、純潔の童貞様だぞ!ここは必ずなんとかする。別れの瞬間に立ち会えないのは残念だが、達者でな!」


「……分かったよ。童貞さんが帰ってくるまではなんとか待ってるからね!」


 ヴァーチャルな怨塚はノイズが走りすでに不安定な状態だった。気持ちでなんとかなるのか怪しい所だがそういうことなら、早く済ませよう。


「アンタ、その歳で童貞なの!?草生えるわw生きてて恥ずかしいでしょ。そんなに頑張らずに早く死んだ方がいいよ。ああ、一応教えてあげるけど、逃げた奴らも死ぬよ。この世界まるごと滅ぼすから」


 会社の事務連絡を伝えるくらいのテンションで世界の終末を予告する。見た目は人間だが中身はアンゴルモアの大王なのかもしれない。だが、大昔に予言は外れたのだ。大人しく帰ってもらおう。分からない青少年達はノストラダムスの大予言でググってみよう。

 超一流思考がスクランブル発進しパイルダーオンする。

 結果を何重にも展開し、折りたたんで光球を包み込む。我が国の伝統文化、過剰包装結界だ!

 そうして、俺のキャパシティのほぼ全てを使い切り、なんとか光球は消滅させた。しかし、殺しきれなかったエネルギーが大きな衝撃波となりダンジョン全体を揺るがし、天井が部分的に崩落した。


「……はぁーイラつく。決めた、アンタでストレス発散するわ」


 上から降り注ぐ岩盤を触れもせずに木っ端微塵に砕いた少年は、眉間に皺を寄せてそう言った。

 次の瞬間には少年の姿が消え、何の予備動作もなく俺の眼前に現れた。俺はギリギリで最後の切り札を発動させるのが精一杯だった。

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