第17話 いったい何が始まるというんです?


 とあるダンジョン中層のホールのように比較的広くひらけた空間が、配信の舞台に選ばれた。

 ハプニングを起こすと豪語したレミの筋書きはこうだ。俺、怨塚(実体)、桜井のパーティーでダンジョンを探索している様子をまず実況配信する。その状態ではリスナーはほぼいないのは承知の上だ。そこで元カリスマ配信者コバレミ様の電撃復活が効いてくる。

 数年間ダンジョン配信から遠ざかっていたコバレミが突如として配信を開始し、俺達と遭遇する段取りだ。具体的な内容は伏せてあるが、今日この時間に何か重大なことがあるという事前告知は大々的に実施済。よってコバレミファンの相当数は配信を見る可能性が高いそうだ。

 コバレミの訴求力がいまだにそんなにあるのかと疑ったが、百聞は一見に如かずということで、レミはその場ですぐ雑談配信してその力を見せつけてきた。平日の昼間なのに開始して2、3分で同接が3万を超えた時はこの国の未来を憂いたものだ。……暇人多すぎだろ。

 そんなコバレミを間近にいて別アングルで配信している者がいれば、ファン達の何万人かはそちらにも接続する可能性が高い。それだけでもバズるかもしれないが、小林社長はやる時は徹底的にやる。

 次は紅の出番だ。ドラゴンとなり、コバレミに対峙する。ドラゴンが出るとなれば同接数はそれだけでも鰻登りだ。しかし、コバレミはブランクがあるため、流石に苦戦を強いられる。リスナーがヤキモキしているところに、怨塚のパーティが颯爽と助けに入りドラゴンを追い払う。

 なんだなんだ、あのパーティー!どうやら、Vtuberが実況配信もやってるらしい。これは見に行くしかない!となってバズりの完成である。

 俺は聞いた。「なぁ、レミ先生。それはいわゆるひとつのヤラセではないのかい?」レミは顔色ひとつ変えず答えた。「何を言ってるの?これは演出というのよ」と。


 岩の上に怨塚が体育座りをしている。これから晴れてバズるというのに、なんだか浮かない雰囲気、これは声をかけた方が良さそうだ。


「どうした怨塚?」


「ああ、純潔の童貞さん、どもども。いやぁちょっとブルーというか微妙な心境なのよ」


 配信に先駆け、傍らのスマホからヴァーチャルな怨塚が答える。


「あまり褒められたやり方ではないかもしれないが、多分成功すると思うぞ」


「うん、そうだろうねぇ。だけど、その成功するのが問題というか……」


「何故だ?バズるのは、お前が一番求めていることだろ」


「それはその通りなんだよ。無念に散っていたみんなの怨念を背負っているからね。でもさ……」


 怨塚は不安そうに俯く。


「バズったら、ボクは消えちゃうわけでしょう?それが少し怖くて、ね」


 なるほど、そういうことか。


「じゃあ、止めるか?」


 俺は駆け引き無しに聞く。別にどっちでもいいのは本音だ。


「え?」


「お前のためにやっていることだ。お前が嫌なら辞めるべきだろう。幸い、今のお前の状態なら他人に憑依して迷惑をかけることもないだろうからな」


「でも、いろいろ準備してくれたし、そんな自分勝手なことできないよ」


「そんなことは関係無い。逆にそんな中途半端な気持ちでやられるのは困る。邪神が気を遣うなよ。まあ、レミは怒るかもしれないがそんなのいつものことだ。どうする、まだ間に合うぞ」


 怨塚はしばらく考え込む。しかし、邪神というのはいよいよ怪しい。こんなことに悩むのはとても人間臭い。

 怨塚は意を決したようで、画面越しに俺を見つめて言った。


「ボク、やるよ。いや、やらなくちゃならない。そんな気がするんだ」


「そうか。なら、やるぞ」


「でも、童貞さん優しいね。急に日和っても怒らないし。モテるのも分かる気がする」


「いや、怒る理由がないだろ。それに童貞ならモテるのは当たり前だろ」


「その童貞に対するぶっ壊れた価値観が無ければもっと良いのにねぇ」


「俺からしたら、世界の方がぶっ壊れている」


「ははは、そうかもね」


 怨塚のメンタルも含め、全ての準備が整い配信が始まった。予想通り、最初の同接は1桁台で推移する。初見の様子見でなんとなく見ている者達ばかりだろう。

 しかし、コバレミの登場後は凄かった。一気、3桁を飛び越し4桁に到達し、すぐにでも万に届きそうだ。ただ、怨塚のことを見ている者は皆無でコメントは、"もっとコバレミを映せ"と要求するものばかりだった。

 すると、配信画面が大きくブレる。地面が揺れているのだ。いよいよ紅の登場。派手にやっているなと思ったら、様子がどうもおかしい。地面どころかダンジョン、いや世界まるごと揺れているようなプレッシャーがある。


「キヨ。まずいぞ、これは。逃げた方がいいかもしれん」


 ドラゴンの姿で登場するはずの紅が人の姿のまま、俺に駆け寄ってきて告げた。珍しく深刻そうな顔をしている。


「まだバズったとは言えん。逃げるわけにはいかんだろう」


「先輩。紅さんがそう言うなら、相当危険なんだと思いますが……」


 桜井も異様な圧力を感じているのか、少し苦しそうな顔をして助言する。


「いや、もう遅いようだ。キヨ、すまぬがお主を守ることは恐らくできん。自分の身は自分でなんとかするんだぞ」


 怨塚は「なになにぃ!?どうなっちゃうの?」とまだ健気に配信用のリアクションをしているのが、シュールに感じるほど場には緊張感が満ち溢れていた。

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