第14話 偶然なら仕方ないよね、偶然ならね。
「綺麗……」
全面がガラス張りとなった窓から夜景を見つめて、うっとりとした表情で桜井は呟く。レストランはこの街のランドマーク的なビルの高層階にあり、今日は快晴で街の様子がよく見える。
確かに闇を照らす照明達は宝石のように見えなくもない。多くの人を魅了するのだろう。ただ、俺にはそのランダム性が気になって仕方ない。
夜景を構成する照明はオフィスやホテルの各部屋のものだ。一つ一つが独立しているから点灯されていたりいなかったり、まちまちだ。そこには何の規則性もない。俺の愛する秩序が感じられないのだ。
俺は掃除が大好きだ。掃除の基本は整理整頓。カオスな世界に秩序をもたらすのが気持ち良いのだ。
だから、夜景よりも桜井を見ていた。ディナーの為だけに赤いカクテルドレスに着替えた彼女の方がよほど綺麗だった。
「ね、先輩……って夜景見てます?」
俺の方に振り返った桜井と目が合う。
「ああ、夜景も綺麗だけどそれよりも桜井に見惚れてたよ」
「……また、そういうことをサラッと言う。まさかとは思いますが、こういうとこ女の人とよく来るんですか?」
謂れない疑いを向けてくるが、顔はにやけている。
「何言ってるんだ。よく来るならドレスコードを意識するだろ」
着慣れないジャケットを指で摘んで示しながら俺は抗弁する。桜井は「それもそうですね」と笑った。
フルコースの料理の味はよく分からなかった。食べ慣れていない料理であるし、このひとかけらで普段の食事の何食分かを計算すると味を楽しむ余裕はなかった。その上、何故か刺さるような視線を感じて落ち着かなかった。
ただ、桜井は料理が運ばれてくる度にその見た目に感動の声をあげて、食べる度に美味しい美味しいと言っていたので俺も嬉しくなった。
「あら、澄川さん?偶然ですね」
一通りの料理を食べ終えて余韻に浸っていると通りすがりの女性に話しかけられた。夜なのにサングラスをしているので誰か分からない。桜井が誰?と怪訝な顔をしている。
「はい、澄川です。……誠に恐縮ですが、どちら様ですか?」
「ふふふ、またまた冗談がお上手ですね。いつもお世話になっている小林ですよ」
そう言ってサングラスを外すとレミだとようやく認識できた。口調が気持ち悪いくらい丁寧だったので余計分かりにくかったのだ。
「先輩」
こいつは誰か、紹介しろと桜井の目が語っている。
「ああ、申し遅れました。私、こういう者です」
レミは桜井に名刺を手渡した。
「CEO……」
「ささやかながら、会社を経営しております」
レミはそう言いながらちゃっかり俺の隣に座る。
「社長さんと先輩にどういう関係が?」
「いや、昔ちょっとな」
「ええ、とても良くしていただきました」
説明するのが面倒なのでテキトーに流すと桜井は面白くなさそうな顔をする。
「あっ、ごめんなさい。私、デートの邪魔しちゃいましたかね!?」
それを見てわざとらしくレミは言う。
「いや、デートじゃない。桜井は会社の同僚だ」
桜井に迷惑がかかると思い、事実を伝えるが桜井は何故かとても悲しそうにしている。
「やっぱりそうですよねー!澄川さんにこんな綺麗な恋人がいるわけないですもんね」
口調は丁寧だが、レミは本性を見せ始めた。何故か急にテンションも上がっている。
「いえ、先輩は私にはもったいないくらい素敵です。私も一生懸命アプローチしているのに全然振り向いてくれないんですよ。今も私はデートだと思っているんですけどね。先輩はすごーくモテるので、怪しい社長さんとかにも声かけられて邪魔されちゃうんです」
桜井は何かを決意した目で、レミを見つける。半ば睨んでいる。怖いですよ、桜井さん。
レミは笑顔を崩さないが、コメカミに少し青筋が立った気がする。
「ご挨拶しただけなのに、随分な言い草ですね。マナーをご存知ないのかしら。流石、澄川さんの後輩ですね。よく教育が行き届いています」
1ミリも疑いの余地がない皮肉である。エンジンがかかってまいりました。
「え?私は別に小林社長のことを言ったわけじゃないですよ。ただ、そういう事もありますって話です。でも、社長さんって暇なんですね。高級レストランに1人で来て、昔の知り合いだからってただの一般人に話し掛けるなんて」
温度を感じない笑顔を桜井は返す。レミは耐えきれなくなったようで化けの皮が剥がれてしまう。
「暇じゃないわよ!いくつか打ち合わせをキャンセルしたんだから!コイツが私の紹介した店に誰を連れていくか、頑なに言わないから。この私を差し置いてどんな女を誘ってるかと思ったら、こんな性悪女だったなんてね。清も見る目がないわ!」
「ふふ。自分を見つめ直してから、発言した方がいいですよ。その高いプライドじゃ無理でしょうけど。どうせ、先輩に対してもろくなアピールしていないんでしょう?今日が良い例。まさか、好きな子はいじめちゃうとか小学生みたいなことやっているのかしら?」
「うるさい、うるさい!ただの事務員ごときに何が分かるのよ。私がどれだけ苦労したか」
「申し訳ないですけど、私は現在進行形で苦労してます」
「わ、私だって」
そこからは俺は置き去りにされて、いかに自分が苦労しているかのコンテストが始まった。周りの視線も痛く、居た堪れなくなった俺はお手洗いに立つ。
帰ってくる頃には何故か2人は固い握手をしてお互いを慰労し合っていた。2人の中で結論が出たようだ。全て俺が悪い、と。
ふぅ。童貞は辛いぜ。
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