第13話 告白すると嫌でも意識するって本当ですか?

『誰と行くのか、いい加減教えなさいよ!』


 桜井との約束を果たす日。待ち合わせ場所に到着してボーっとしていると、スマホのメッセンジャーアプリの画面にそんなメッセージと共に怒ったキャラクターのアニメーションが送られてくる。

 レストランを教えてもらうためにレミとコンタクトを取れるようにしたが、それが悪夢の始まり。少なくとも毎日1回はメッセージで怒られる。やはり、スマホは悪魔の道具だ。

 しかし、桜井も桜井だ。同じ建物に住んでいるのにわざわざ別の場所で待ち合わせする意味が分からない。直接本人に聞いてみたが、「デートは雰囲気が大事なんです」というだけで合理的な理由は何もなかった。


「お待たせしました。結構待ちました?」


 待ち人桜井の声が聞こえてきたので顔をあげると、眼前に見知らぬ美女が居て脳が混乱する。


「あれ、先輩聞こえてます?おーい」


「ええと、桜井だよな?」


 立ち振る舞いは完全に彼女のそれだが、容姿が一致しない。まず、トレードマークともいえるメガネを掛けていないので、それだけで印象がだいぶ違う。さらに髪を下ろして少しウェーブをかけているものだから完全に別人だ。

 普段はパンツスーツなのに、今日はワンピーススカートなのも女性らしさを際立たせている。


「頑張ってコンタクトにしました。ちょっと怖かったんですよぉ。どうです、馬子にも衣装でしょう?」


 桜井はその場でくるりと回転して見せる。こころなしか声色もいつもより甘く感じる。


「ああ、よく似合っている。ちなみに桜井のことを馬子だと思ったことはないぞ。普段も綺麗なのに、今日はより輝いている」


 俺は素直な感想を言う。桜井は少しはにかみながら賞賛に対する礼を返す。


「あ、ありがとうございます。よく恥ずかし気も無くそんなことサラッと言えますね。ホントに童貞なんですか?」


「何を今さら。それより、紅達は大丈夫か?」


「いきなり他の女の話ですか?やっぱり童貞ですね。安心してください。抜かりはないですよ」


 一度あらぬ疑いをかけられたが、どうやら俺が童貞であることは無事証明されたらしい。喜ばしいことだ。


「そんなことよりまずは映画ですよ、映画」


 そう言うと桜井は自然と腕を組んできた。種類は分からないが花の良い香りがして、悪い気はしなかった。


 桜井が選んだ映画は今話題の恋愛映画だった。桜井には申し訳ないが。俺は恋愛に対して思考が停止する。恋愛の多くが、いずれ行き着く先をどうしても受け入れられないからだ。だから、今回の映画もまるでストーリーが入って来なかったし、登場人物に感情移入なんて、できっこなかった。

 あっ、唯一できたところがあった!彼氏が散らかした部屋を彼女が文句を言いながら片付けるシーンだ。ただ、片付け方が甘くてちょっとイライラした。


「さっきの映画、どう思いました?」


 映画の後に入った喫茶店で桜井が感想を聞いてくる。


「んー、良かったんじゃないか」


 ここで「あの娘は掃除をもう少しちゃんとした方が良かったんじゃないか」と言うのは違うと、さすがの俺でも分かる。


「聞いた私が悪かったです。先輩は多分、掃除のシーンしか覚えていないですよね」


 お見通しだった。


「桜井もあまり良い感想を持っていなさそうだな」


 映画館を出てからずっと何かを考えている様子で余韻に浸るという感じではなかった。


「いえ、フィクションはやっぱりフィクションだなぁと思って」


「どういうことだ?」


「映画では一度告白し失敗して、その後お互いに意識することになって結局くっつくっていう展開でしたよね」


 そ、そうだったのか。今はじめて理解した事は黙っておいて適当に相槌を打つ。


「あれ、嘘じゃないですか。先輩、私のこと恋愛対象として意識してないですよね?」


 ああ、そういうことか。確かに、桜井は過去に何度か俺に好意を寄せてくれていると。だが、彼女とは恋仲にはなっていないし、彼女の言うように恋愛対象としても見ていない。

 彼女はとても素敵だ。俺をよく支えてくれる。パートナーとしてはこれ以上ないほど最適だと思う。だが、そういう問題ではないのだ。


「すま-」

「謝らないでくださいよ。何度フラれればいいんですか、私。知ってますよ、先輩の場合は誰も恋愛対象にならないんですよね」


 桜井は少し寂しげに笑った後に思い出したように意地悪な顔になる。


「あっ!でも、ドラゴンなら対象になるんでしたっけ?」


「あれは詐欺だ。裁判を要求したい」


「じゃあ私、弁護人に立候補します!」


「それは頼もしいな」


 本心である。必ず契約無効を勝ち取るだろう。ドラゴンに人間の法律が通じれば、だが。


「ただ、依頼料は高いですよ?」


「いくらだ?」


「こちらの書類に署名捺印をいただく必要がございます」


 桜井がバッグから取り出したのは婚姻届だ。持ち歩いているのか……ちょっと怖いな。


「そりゃ高い」

「一生賭けてお支払いください」


 冗談(半分本気かもしれないが)を言って笑い合う。そういう時間は本当に楽しい。


「ディナーまでまだ時間ありますよね。買い物に付き合ってくれませんか?」


「ああ、行ってくると良い。俺がいると自由に動けないだろう?」


 俺が気を遣って言っているのに、桜井は溜め息をつく。


「先輩、その格好じゃレストランのドレスコードに引っ掛かりますよ。先輩の服を買いに行くんです。私がプレゼントします。おかげさまで残業代で稼がせて貰ってますから」


 なるほど、今までの人生でドレスコードを意識したことがなかった。Tシャツとジーパンでは入れない店が実存するんだな。しかし、そんな嫌味を言われたら付き合わざるを得ない。

 喫茶店を出ると桜井がまた腕を組んでくる。花の香りはまだまだ消えそうにない。

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