第12話 先立つものがないとね

「人間どもを根絶やしにして、この世界を我ら吸血鬼ヴァンパイアが支配するのだ!」


 傍目には色白の優男にしか見えない男が目の前で威勢よく叫んでいる。

 ダンジョンは稀にイレギュラーが発生する。イレギュラーと一口に言っても異常事態全般を指すのでその種類は多様である。怨塚の誕生や紅が中層に上がってきたのが、その一例だ。

 真偽は確かめたことはないが、異世界と繋がっているポイントがあり、そこからイレギュラーが発生しやすいとも聞いたことがある。

 留意すべき点は時にそれが人間に大きな害をもたらすという点だ。よって誰かが危険性を察知した場合、すぐに報告され討伐隊が送り込まれる仕組みがある。

 今回もその仕組みが正常に働き、俺が呼び出された。いつもなら少し面倒に感じる召集だが、今回は待ってましたとばかりに意気揚々と駆けつけた。

 

 なぜなら、特別手当が出るから!!


 何を隠そう俺にはお金が無いのだ。

 デパ地下での豪遊でかなり散財した上にまだ何も決まっていないが恐らく高級だと思われるレストランの2人分の食事代とか、100枚は超えるであろうパンケーキの代金とか、今後の出費も控えている。

 恐らく怨塚か紅のいずれかが貧乏神なのだと思う。最近、俺の周りには厄介なものばかり集まってくる。お祓いに行った方がいいだろうか。


 眼前では、吸血鬼と討伐隊の数名が死闘を繰り広げているが、吸血鬼の方が優勢のようだ。討伐隊に召集されるのは、実力のある者ばかりではない。頭数が必要な場合が多いので、名を上げたい命知らずな者達の志願も受け入れているからだ。志願者達の大半は、自らの軽率な行動を後悔することになる。


「ははははは、人間どもよ。こんなものか?」


 吸血鬼はどこかで聞いたことがある台詞を高らかに唱い、群がる人間達を吹き飛ばす。吸血鬼で注意すべきはその膂力りょりょくだ。シンプルに力持ち。それこそ人間の数十倍はある。姿形は人間に近いが、巨大な重機を相手にしていると思った方が良い。


「はぁー。無駄足だったわ……」


 背後で盛大に溜め息がつかれたので、振り返るとレミがいた。レミは探索家としてかなりの実力を持つので召集されてもおかしくはないが、応諾するとは思えない。何故という疑問はすぐに解消された。


「アンタがいたんじゃ、面白い映像が撮れそうもないわね。茶番だと思われる」


 なるほど、撮影に来たのか。確かにイレギュラーの討伐映像は撮影が困難なので貴重かもしれない。俺も一瞬、怨塚を連れてきて配信させようかと考えたが、生身の方が無事じゃ済まなくなる可能性があるのでやめておいた。ちなみに、結局怨塚も紅と同じく桜井の家に厄介になっている。桜井にはホント頭があがらない。


「茶番結構じゃないか。市民の安全が守られることの方が重要さ」


 俺は建前を言う。ホントは特別手当を貰うことが一番大事!


「そこの人間!後は貴様らだけだ。どうした、怖気づいたのか?」


 吸血鬼が絡んでくるが無視。保険として、目の前に結界を展開しておく。


『我が純潔を侵す不浄なる者、近づくべからず!』


 しかし、ここでレミと出会えたのは天啓かもしれない。ずっと頭を悩ませる問題を解決できるかもしれない。


「なあ、レミ」


「こないだも言ったけど気安く呼ばないで」


「ははは、俺様が怖いか!!そうだな、人間の世界には、ドゲザとかいう最大限の謝罪の儀式があるそうじゃないか!」


「お前に聞きたいことがあるんだ」


「お前って呼ばないで。そんな関係じゃないでしょ」


「そのドゲザをしたら、考えてやっても良いぞ」


「小林さんに聞きたいことがあるんです」


「あらそう。私に答える義務も気分もないけど勝手に聞いたら?」


「……楽に殺してやることをなぁ!!はははははははははははは!」


「夜景が見えてフルコースが食べられるレストランってどこにあるんだ?」


「はあ?」


「どうやら、恐怖で耳も聞こえなくなったらしいな。もういい。たっぷり痛めつけて殺してやる!」


 一人芝居をしていた吸血鬼が、やっぱり1人で勝手に痺れを切らし突進してきた。そのスピードは人間の目では追いかけられない程だ。そして、その勢いのまま俺の結界にぶつかり踏み潰されたカエルのような声をあげて木っ端微塵になった。


「で、さっきの質問は何?ま、まさか遠回しに誘ってるんじゃないよね?」


 レミは何故かちょっと嬉しそうだ。なるほど、世の中にはそういう誘い方もあるらしい。勉強になる。


「残念ながら誘ってはない」

「べ、別に残念じゃないわよ!!冗談を本気にしないでくれる?」


 被せ気味に噛みついてくる。相変わらずの反射神経だ。


「いや、知らないならいいんだ」

「いくらでも知っているわよ!馬鹿にしないでくれる?」


「よくも馬鹿にしてくれたなぁ!この俺様を!」


 奇しくもレミと同じような台詞を叫ぶつつ吸血鬼が

 吸血鬼で注意すべき点その2。その驚異的な回復能力だ。指の一本でも残っていれば、完全に復元する。並の攻撃では屠ることはできない。

 吸血鬼はなにやら雄叫びをあげて、結界を破ろうとするがびくともしない。なんだか哀れである。


「で、どこにあるんだ?」


「……口で説明するのは面倒よ」


「おい、俺様を無視するな」


「じゃあ、これに頼む」


 メモ帳とボールペンを渡す。


「昭和の人間か!!!もっと便利なものがあるでしょう?」


「……貴様ら絶対許さん。この結界を解けい!」


 この吸血鬼はきっと阿呆だ。そんな風に言われて結界を解く奴はいない。

 しかし、もっと便利なものか。俺はダンジョンに潜る時に携帯している十徳ナイフをレミに渡す。


「そうそう、これこれ。一本で多機能。これさえあればダンジョンも怖くない!って違う!!!確かに便利だけど、これでどうやってレストランの場所伝えるっていうのかしら?」


「いや、彫るのかなぁと」


「そんなわけなかろう!貴様、さては馬鹿だな!!」


 最早諦めて会話に入ってきた阿呆に馬鹿にされると少し腹が立つ。

 吸血鬼の方に手を伸ばしその頭を鷲掴みにした上で、領域の出力をあげる。


「選べ。このまま浄化されるか、ダンジョンの奥底で静かに余生を過ごすか」


 俺の力の危険性を吸血鬼の体が必死に訴える。脂汗をダラダラ流し、それでも最後の虚勢を張った。


「人間の指図など受けるか!馬鹿が!」


「賢い選択では無いな。それでは、さようなら」


 領域を最大出力まであげて、吸血鬼を浄化する。塵ひとつ残さず。無論、復活の余地など無い。


「相変わらず、デタラメな力ね……」


 と、スマホが鳴る。画面を見ると業務連絡のメッセージだった。さっと目を通してレミに向き直る。


「ところで、もうそれ以上便利な物は持っていないんだが」


「アンタが今、その手に持っているものは何?」


 呆れた顔でレミが言うが俺は納得できない。スマホは便利な物じゃないだろう。むしろ、煩わしさをもたらす悪魔の道具だと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る