第9話 貴方はだあれ?

「お、おかえり……なさい、ませ」


 会社の会議室に帰るとメイド服を着た儚げな少女に、か細い震えた声で歓迎された。

 前髪で顔を隠しているので表情は窺えないが、ご機嫌な感じではないことは声色から伝わる。なんとも保護欲を駆り立てられる雰囲気だ。


「うむ、ただいま戻ったぞ」


 紅はレミと別れた後の追いスイーツでご満悦なので上機嫌で応えた。ちなみにレミは別の仕事があったので、すぐに連れてきてはいない。後日、改めて商談の場を持つこととなった。


「先輩、おかえりなさい。その様子だと成果はあったみたいですね」


 桜井の問いに「ああ、もうテンションあがりすぎて、俺と紅がつがいになっちゃうくらいにね!」とは、とても言えない。


「ああ、いろいろあって疲れたがまずまずの成果だったよ」


 実際、番になるという斜め上の副産物だけでなく、コバレミというバズりへの足掛かりを手に入れたのだから及第点だろう。人間万事塞翁が馬である。

 俺は椅子に腰掛けて、深く息を吐いた。桜井が入れてくれたお茶を啜る。

 かたわらではデパ地下のラインナップで何が一番美味しかったかと紅と桜井が楽しそうに話している。

 うん、平和だ。すごく平和。こんな日常がずっと続くと良い。












「……って誰やねん!!」


 俺は腹の底から声を出して、勢いよく立ち上がると謎のメイド少女を指差した。

 紅と桜井があまりに自然体で、そこに彼女が居て当然という雰囲気を出すので、なかなかツッコめずにいたが、ひと息ついた所で冷静さを取り戻す。やはり問いただすべきだと俺の中の似非関西人ちっさいおっさんが叫ぶので、本能に従った。

 ちなみに俺は生まれも育ちも東海地方であり、関西には縁もゆかりもないから、関西人にいつか全殺しにされると思う。

 彼らは関西の人間以外が関西弁を使う事を忌み嫌い、抹殺しようとすると聞いたことがある。

 そもそも関西弁と言われるのが気に食わないとも聞いた。関西弁も一枚岩ではなく、大阪弁や京都弁など各流派があり、日々血で血を洗う勢力争いを繰り広げているらしいので、"関西弁"と一緒くたにはされたくないらしい。しらんけど。

 えーと、何の話だっけ。あっそうそう、謎のメイド少女だったな、問題は。

 俺が急に大きな声を出したので、少女は怯えて桜井の背後に隠れてしまっていた。


「キヨ。騒がしいぞ、落ち着け」


 紅は土産に買ってきたクッキーをポリポリと食べながら、悠々と座っている。まだ食べるんかい。それと、それ貴方のために買ったものじゃないから。

 にしても、流石ドラゴン。小さな事は気にしないらしい。


「キヨぉ?ずいぶん親しげですねぇ。先輩」


 何故か桜井に睨まれる。今は謎の少女にフォーカスすべきなのに余計な火種が燻り始まる。一体何が気に入らないのか。カルシウム不足なのかもしれない。


「親しいも何も、キヨは我が伴侶となったのだ」


 大散財し罵倒され、最大パワーのツッコミで疲れ切った俺に紅を止める力は残されてはいない。


「は、はんりょ!?ど、どういうことですか」


 桜井が詰め寄ってきて、俺の胸ぐらを掴み頭をぐらぐらと揺らす。


「仲間とか連れという意味だ。落ち着け」


 そう自分にも言い聞かせる。そう、まだ慌てる時間じゃない。俺の中のセンドーがそう言っている。


「そ、そうですよね。私はてっきり……」


「何を言っているんだ、キヨ。番になったじゃないか」


 紅が面白くなさそう顔をする。紅さん、我が国では書類を役所に提出しないと婚姻は認められないのですよ。あんな詐欺的手法は論外です。


「つ、つ、つ、番ですってーー!!」


 強制ベッドバンギングの速度が上がる。脳震盪になりそうだ。


「つ、つがいってあれだな。お家に帰ってきた時に手洗いと一緒にするやつ」


 桜井が吉田のように馬鹿でつがいの意味が分からないという奇跡を願って、とぼけてみる。


「そんな茶番はいいですから!説明を求めます!


 あーやっぱりダメですよね。


「何故、お主に説明せねばならない。これは、キヨと私の問題だ、お主は関係ない」


 紅さん、地獄の業火に油を注がないでください。


「貴方には聞いていません。私は先輩に聞いているんです」


「キヨ。その必要はないぞ。だいたい貴様は、キヨの何なのだ?馴れ馴れしいぞ」


「こっちの台詞です!!」


 桜井は机をバンっと叩く。いくら怒りっぽいとはいえ、こんなに感情的になるのは珍しい。やはり、カルシウムが足りてないのか。牛乳を飲め、牛乳を。


「昨日今日、出会った人外じんがいに私の苦労が分かってたまりますか!どうせ一方的に迫ったんでしょう?この唐変木を教育するのがどれだけ大変か!」


 桜井は俺を指差しながら叫ぶ。いや、俺は先輩なんだが……。ただ、一方的というのは大正解です!


「ははは、人間というのは本当に悠長だな!教育ときたか。そんな回りくどいことをしているから掠め取られるんだ」


 紅もだいぶヒートアップしている。2人とも一体何が気に入らないのか。


「心が通わないと意味ないでしょう!?」


「心配するな。魂なら共鳴している」


「ドラゴンの基準で語らないで。そんなのノーカウントよ」

 

「妾はドラゴンなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。とにかく、貴様にとやかく言われる筋合いは無い。なぁ、キヨ!」


「私には先輩をお世話してきた実績があります。知る権利があるはずです。ねぇ、先輩!」


 きたぁ!いずれ俺に向くだろう矛先が二つ同時にやってきた。前門の虎、後門の狼である。いや、一匹龍がいるか。

 その後、「キヨ」「先輩」と交互に詰め寄られること数回、疲労もあって俺の思考は停止していく。


「あのぉ……私はどうすれば……」


 メイド少女が所在無げに発言するが、残念ながらフリーズした俺にしか届いていないので、どうすることもできない。

 むしろ、俺が教えて欲しかった。どうすればいいのか。


 そして、お前は誰なのか。

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