第8話 渡りに船……だといいけど
「薄汚い清掃員は穴ぐらから出てこないでほしいわ。空気が汚れるもの」
俺を見つけるや否や睨みつけ、息を吐くように蔑んでくるこの女こそ、とある配信者コバレミこと
俺が雇われていた時はまだ高校生で無垢な美少女という感じが配信でウケていたが、今はずいぶん洗練されている。ショートボブの髪にジャケット、スラックス。あの頃とはまた別種のオーラを纏っていて、少し近寄りがたい雰囲気だ。
無礼な奴だ、
「久しぶりだな、レミ。まだ配信を続けているのか?」
「気安く名前を呼ばないでくれる?今や貴方が話しかけられる身分の人間じゃないの」
いや、声かけてきたのそっち!という言葉はグッと飲み込む。それでは相手の思うツボだ。売り言葉に買い言葉で延々と口喧嘩が続いてしまう。
レミがデビューした当時はダンジョンがあまり整備されていなかったから、限られた者しか潜れなかった。そのため、彼女が現役女子高生のダンジョン配信者として彗星の如く現れた時は、バズりにバズった。
俺がスタッフとして雇われた時には、チャンネル登録者が100万人を越えていたから、当時から気安く話しかけられる人物ではなかったはずだ。だが、彼女はスタッフ達にも優しく誠実に対応する非の打ち所がない完璧美少女を演じていたから、俺にもよく話しかけてくれた。
俺も当初はこんなにできた高校生がいるのかと感心したものだが、人気者には人気者なりの苦労があるようで、彼女は闇を抱えていた。
ある事件によりその闇におもいっきり触れてしまって以降、俺は彼女のストレスの捌け口となった。俺に対して発する彼女の言葉が蔑みか嫌味か悪態か皮肉か、とにかくネガティブな感情ばかりになったのはそういう理由だ。ただ、俺も言われるがままでいられる歳ではなかったから、いつも喧嘩になっていたのだ。
だが、俺は大人になった。無益な争いはしない。
「キヨよ。こんな小娘にここまで侮辱されて何故黙っている?」
ああ、血気盛んな押しかけ女房(竜)がいるの忘れてた。
紅は俺とレミの間に仁王立ちして、燃える瞳でレミを睨みつけた。並の人間ならそれだけで何もできなくなるだろうが、ソロで下層まで潜る実力のあるレミは動じない。
「小娘?貴方、何様なの。私とそんなに歳変わらないわよね。というか、私が誰だか分かってる?」
紅と対照的な氷のように冷たい瞳から温度がさらに失われていき、攻撃対象が俺から紅に移った。
なるほど、レミは猫をかぶるのをやめたらしい。となると、もう配信はしていないのかもしれない。
「小娘だから小娘だと言ったのだ。貴様が人間の中でいかに位が高かろうと妾には関係ない。妾はドラー」
「紅、いいんだ。古い知り合いで、コイツの
"ドラゴン"と余計なことを言いそうになるのを紅の肩に手を置いて制止する。
そこへ何故か吉田も加勢する。……大丈夫かなあ。
「お嬢もお嬢だぞ、素直になれよー。澄川が辞めてから明らかに配信のパフォーマンス落ちて、すぐに引退しただろ?お嬢は絶対違うと言ってるけど、スタッフ皆、思ったもんだぜ。ああ、澄川がお嬢を支えてたんだなって」
「ヨッシー!いい加減なこと言わないで!私が配信を辞めたのは、パフォーマンスが落ちたからじゃない。プロデュースする方が性に合ってると気付いたからよ。実際、事務所を立ち上げて成功してるでしょ?」
レミは顔を真っ赤にして、ヒステリックに叫ぶ。
「またまたぁ。事務所立ち上げてからもずっと澄川のこと気にしてたじゃん。隠そうとはしてたけどバレバレよ?最近の企画なんて、もうなりふり構わない感じじゃん。ダンジョン清掃員のドキュメンタリーなんて誰が見るんだよ!?知らない人が聞いたら才能が枯れたと思っちゃうぜ。どうにかこうにか没にしたけど危ない、危ない。恋は盲目とはよく言ったもんだと思うよ、ホント。お嬢の場合、澄川の事になると五感全て失ってるんじゃないかと思うくらいポンコツになるけどな」
「やめて、もうやめてー!!吉田ぁ!その口を閉じろぉ!!!」
お嬢と呼ばれたレミは吉田に飛び掛かる。俺はそれを羽交い締めにして止めて、伝えたいことを伝える。
「俺は絶対見るぞ、そのドキュメンタリー。最高じゃないか」
「え……」
暴れていたレミは瞬時に大人しくなる。見たことないほど嬉しそうな顔だ。
「いやぁ、プロデュースってのはよく分からないが才能あるよ。清掃の魅力に気づくとは!」
俺が本心オブ本心でそう絶賛する。紅は、「掃除の何が面白いんだ?」と心底不思議そうに言い、吉田はそれに同調する。
紅さん、価値観の不一致ですね。もう貴方とはやっていけません!
「そ、そんなことアンタに言われなくても分かってるわよ!それより早く放してくれる?」
レミは落ち着いたようなので、悪かったと謝罪しそっと解放する。
「ヨッシー、やっぱり私が正しかったのよ」
ふふんとレミは胸を張る。
「いや、そんなニッチなニーズに応えても再生数は稼げないと思うぜぇ?お嬢的には、一番応えたいニーズなのかもしれないけど。それに、ドキュメンタリーを撮る一番の意図が澄川に伝わっていないけどそれはいいのかい?コイツはただ清掃というコンテンツに惹かれているだけでお嬢にはこれっぽっちも-」
そこで、吉田の顔面へ拳骨が飛んできて強制終了した。暴力反対!殴っていいのは不浄なものだけです。
俺は先ほどから気になっていることをレミに聞く。
「そのプロデュースっていうのは、動画とか配信的なアレか?」
「さっきからそういう話をしてるでしょ?」
レミは小馬鹿にした表情だ。いや、表情だけでなく、アンタバカなの?という罵倒付きだった。通常運転に戻ったようだ。
「それはそのVtuber的なものも取り扱っているのか?」
「それは最近の売れ筋だねぇ!好きなの?Vtuber。でも、残念。いくら澄川でも中の人には会わせないよ。いや、変なことするとは思ってないけどさ、規則なのさ。ライバーを守るのも事務所の大事な仕事だからな!」
殴られた頬を痛そうにスリスリと摩りながら吉田は力説した。
「アンタ、Vtuberに入れ込んでるの?」
レミは眉根を寄せる。小さい声で「……にはなびかなかった癖に」と呟いたが最初の部分は聞き取れなかった。
「いや入れ込んでいるというか、どちらかというと入れ込まれている」
「はぁ?何言ってるの?」
「……単刀直入言うが、とあるVtuberをプロデュースしてほしいんだ」
俺のその言葉にレミは瞬時にビジネスの顔になる。
「詳細を聞いてから判断するけど、ウチは安くないわよ?」
不敵に笑うレミはなんとも頼もしかった。
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