第7話 昔の知り合いでも会いたくない人っているよね

 紅が一通りのブースを食べ終わり、ベンチで一息ついているとようやく思考が落ち着いてきたのでいろいろと確認をする。


「さっきのは冗談だよな?」


「ん、つがいの話か?冗談でそんなことは言わん。キヨも感じているだろう、魂のつながりを」


 はい、確かに感じております。強制的胸の高鳴りを。だから困っております。


「いや、ほら人間とドラゴンだし、いろいろと問題があるだろ?」


「何が問題なんだ?……あぁ、子は成せるから安心しろ。前例があるからな」


「なるほど、そりゃ安心……なわけないだろ!むしろ、そこが一番不安なんだよ」


「そうだった、そうだった。キヨは純潔を良しとするんだったな。だが、それも安心してよいぞ。今のところ子にも、キヨの体にも興味はない」


 純潔は何があっても守らねばならないが、面と向かって興味がないと言われるのも腹が立つ。童貞心おとめごころは複雑なの。


「それにしたって、僕たちまだ出会ったばかりじゃないですかぁー」


「それがどうした?」


「いや、愛って時間をかけて育むものかなぁって」


「そうなのか?数がやたら多いと繁殖にも悠長になるんだな」


 繁殖って貴方、ロマンが無さすぎやしないかい。

 紅曰く、ドラゴンはそもそも出会いが無いそうだ。絶対数が極端に少ないから仕方ない。そうした事情から、ピンと来たら即断で番になるらしい。

 桜井がたまに「先輩のせいで残業ばかりで全然出会いが無いんです。なんとかしてくださいよ」と言っているが、それとは比べ物にならない、正に桁が違うほど出会いの無さなのだろう。

 でも、だからといって何故俺なのだろうか。


「私のような下賎な民が、貴方様のような崇高なるドラゴンに何故選ばれたのでしょうか」


 謙って聞いてみる。


「無理な謙遜はやめろ。むず痒い。残念ながら選んだ理由を言葉にするのは難しい。妾の魂が、そうせよと言ったからそうしたまでだ。それに先に呼び名を決めたのは、キヨなのだ。厳密に言うと選んだのはお主ということになる」


 それは、完全に詐欺師の言い分ですよ。告知義務がある情報を開示せずに契約させられた消費者はクーリングオフしますからね!


「そうか、俺が選んだと言うならキャンセルもできるんだろうな」


「……嫌なのか?」


 常に自信に満ちている紅の表情が保護欲を駆り立てる弱々しい表情に変わる。涙目ですらあり、その姿を見ると生まれてきたことすら申し訳なく感じる。恐らく番になった効果で情緒がウルトラ不安定になっている。


「いや、嫌とかではなく戸惑っているんだ。人間にはいろいろ段取りが必要なんだよ。急に番にはなれない」


「そうか、ではその段取りとやら今すぐやれば良い」


 嘘泣きかと思うくらい表情がすぐ戻った。人間の女性の多くはしたたかであるが、どうやらドラゴンにも当てはまるらしい。


「だから、そんな風に簡単にはいかないんだって……」


「あれ、澄川じゃねえか」


 溜め息をついていると通りすがりの男に声をかけられる。顔を見るが、思い出せない。新たな詐欺師の登場だろうか。


「その顔、忘れてるな!まあ、お前はあんまり積極的に人と関わるタイプじゃなかったもんな。ほら、吉田だよ。撮影スタッフとして一緒に働いた」


 ああ、思い出した。俺が高校を卒業して今の天職を見つけるまでアルバイトを転々としている時に、とある配信者の撮影スタッフとして働いていた事がある。

 その時の同僚だった。話していないと死んでしまうのかと思うほどよく喋る男だったのを思い出す。天気の話で10分も喋り続けるのは最早、才能だろう。


「おっ思い出したようだな。ここで何してるんだ?……って無粋な質問だったな。こんな綺麗な彼女を連れてうらやましいな。しかも、仕事中だろ?その格好ってことは。まさか私服ってことはないよな!でも、それが私服だとしたら逆にオシャレかもな。あえて、ペンキで汚したりして。あー、ペンキはないか。だってダンジョンだもんな。ダンジョンって言ったら魔物の返り血で汚した方がリアリティがあるかも」


「吉田」


 俺は彼を制止するために名前を呼ぶが止まらない。


「いや、そんなことよりその彼女だよ。やばくない?女優なの?ってくらい綺麗じゃないか。どういう関係?本当に付き合ってる?まさかお前、その歳でパパ活か!?よくない、それはよくないぞ。お互いにとってよくない。目を覚ませ、澄川!」


 吉田は一人で暴走した末、俺の両肩を掴み体を揺らしてきた。人は変わらないんだなぁとうんざりしながら虚空を見つける。


「おい、うるさい人間よ。妾とキヨはつがいじゃ。ぱぱかつ、とやらは知らんが何やら馬鹿にしてるのは分かる。訂正せい」


 紅さん、やめてください。余計止まらなくなるから。


「つ、つ、つ、番!?」


 吉田は大袈裟に仰け反った。やばい、これは30分コースかと身構える。


「ってなんだっけ?」


 吉田が馬鹿で良かった、とホッとするのも束の間、もっと厄介なのが現れてしまった。


「あーあ。会いたくない奴に会っちゃった」


 それはコッチの台詞だ、と頭を抱えることしか今の俺にできることはない。

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