第6話 スイーツ大作戦!

「なあ、童貞よ。ここにあるもの全て甘いのか!?」


 明るすぎる照明の中、様々なスイーツが色とりどりに着飾って、私こそが女王だと主張している。

 いくら俺が凛々しいからといって今は作業着だからデパ地下はちょっと居心地が悪い。

 桜井の策では怨塚が配信できるようにするための準備に時間を要する。ならばその間にドラゴンをどうにかすれば合理的であろうと彼女は考え、とりあえず甘味を欲しているならデパ地下でも連れて行ったらどうだ、と提案してきた。

 流石、桜井。良い段取りだと感心したが「ただし、くれぐれも変な事はしないように。いくら綺麗な人に見えてもドラゴンなんですからね」という謎の忠告だけは、意味不明だった。ドラゴンが人に化けているというだけですでに変な状況なのに、これ以上変な事があるというのか。


「全てではないが、大体甘い」


 童貞と呼ばれた俺に対する周りからの好奇の視線を感じながら答える。童貞がそんなに珍しいのだろうか。残念ながら世の中、穢れているようだ。


「もしかして、妾は死んだのか?」


 ドラゴンは恍惚とした表情だ。あまりに無防備なので悪戯心から軽くデコピンを見舞う。


「な、何をする」


「良かったな。生きているじゃないか」


「……出会った時から思っておったが、お主、不遜が過ぎるな。ドラゴンをなんだと思っておる?」


 端正な眉が吊り上がる。


「ドラゴンはドラゴンだろ」


「いや、そういうことではなく……まあよい。童貞が人間の中でも特殊な部類だということは理解した。そんなことより、ここにあるもの全て食べて良いのか!?」


 途端、ドラゴンの目が輝く。俺は興奮した犬を躾けるように待てと指示し、3つの約束をさせた。

 一つ、ドラゴンの姿には戻らないこと。

 一つ、人間に危害を加えないこと。

 一つ、許可を与えた物だけ食べること。


 もし、約束を破った場合、甘味は全て没収し二度と与えないし、悪質な場合駆除も有り得ると釘を刺した。

 ドラゴンは最初生返事だったので、ちゃんと理解するまで何度か繰り返した。相当、イラついて言っている側から俺に危害を加えそうになったので、そういうとこだぞと言い聞かせてようやく落ち着いた。


 そこからはもう止まらなかった。ブースにあるスイーツを片っ端から購入し、イートインスペースですぐに平らげる。そしてすぐに、次のブースで同じ事を繰り返す。

 その美しい容姿も相まって、今や周りに若干の野次馬ができていた。

 領収証は一応貰っているが、多分経費じゃ落ちないだろうな。デパ地下のスイーツは単価がそれなりに高く痛い出費だ。……駄菓子屋にすれば良かった。

 俺は何も悪い事をしていないのになんとひどい仕打ちだろう。やはり、世の中穢れている。


「なぁ、ドラゴン」


「ん?ここの甘味は余さず全て食べるぞ?妾の胃袋は宇宙ゆえ、安心せい」


 口の周りに生クリームをつけた間抜けな顔のドラゴンが振り返る。

 別にお前の腹具合は心配していない、俺の懐事情は心配だがと思いつつ、ずっと気にしていたことを尋ねる。


「お前、名前はないのか?人が多い所であんまりドラゴン、ドラゴンと呼びたくないんだが」


 まあ、本当にドラゴンと思う奴はいないと思うが警戒するに越した事はない。


「もがもがもが……ゴホっ!」

「いや、飲み込んでからでいい」


 咳き込んだドラゴンはペットボトルのミネラルウォーター(これも俺が買った)ガブガブと飲み、よく覚えていないが発音が難しそうだったスイーツ(税込1500円)を流し込む。もっと味わって食べてほしい。


「あるにはあるが、人間の言語では発音できないな。それがどうした?」


「いや、ドラゴンって呼びにくいからな」


「そうか……」


 ドラゴンは俺に聞こえないほどの小さな声でブツブツと独り言を言って考え込む。かろうじて聞こえたのは「うまくいけば、毎日スイーツを食べられるかも」という言葉だ。きっと俺にとって芳しくない事を企んでいるのだろう。

 そして、ヨシっと思い立つと真剣な表情で言った。


「お主が呼び名を決めれば良い。人の姿の時は、その名を名乗ろう」


 なんだ、そんなことか。と拍子抜けした。俺は少し考えて答えた。


「"くれない"と書いてこうなんてどうだ?」


「なるほど、妾の髪の色から連想したわけか。お主、単純だな」


 ドラゴンはふふっと笑った。その笑顔のあまりの神々しさにバカにされた事が全然気にならなかった。

 なるほど、やはりドラゴンは知能が高い。人間の語彙は完全にマスターしているようだ。


「そりゃドラゴン様に比べたら単純さ」


「だが、気に入った。それでよい。いや、それがよい。今より妾の事は、紅と呼ぶが良い。さて、お主のことはなんと呼べば良い?童貞は通り名であろう」


 別に俺は童貞と呼んでくれても、全然構わないどころか光栄だが、紅が別の呼び名で呼びたいというなら止めることもないだろう。


「キヨとでも呼んでくれ。友人はそう呼ぶ」


「うむ、キヨだな。潔い感じが良いな」


 紅が頷くと、俺の体に異変が起こる。内部から熱が生じて身体中を素早く駆け巡った。心なしか紅が先ほどまでよりも、更に輝いて見え、心が通っている実感が確実に湧いてきた。もともと、紅と自分が元々一つであったかのような感覚さえあった。


「紅、これは一体どういうことだ?」


「言わなかったか?ドラゴンはつがいになる時、お互いに新たな名を付け合うことで魂の繋がりを強めるんだ、と」


 つがい?ああ、夫婦のことか……!!


 そんな大事な事をこんな簡単に!とか、俺は同意していない!とか、純潔は絶対に守るからな!とか、言いたいことは色々あったが、紅の悪戯っぽい笑顔に全て飲み込まれてしまった。

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