第5話 あの子に相談すれば大丈夫
「で、どうするんです?この状況」
会社の会議室で、何故か俺は詰められている。しかも、後輩に。
「ダンジョンを楽しむ人々にとって危険アイテムをしっかり回収した上に、ドラゴンと出会ったのに無被害で収めた事を褒められこそすれ、怒られる
俺は首を傾げる。正面に腕を組んで座り眉間に皺を寄せている後輩、桜井は仕事はすこぶるできるが、怒りっぽいのが玉に瑕だ。
「ものは言いようですね、先輩」
「俺は事実しか言っていない」
「ねぇー早く配信する方法を考えてよー」
「この人間、生意気で好かぬ。屠ってよいか?」
会議室に入室した時から、がやがやと騒がしい外野は無視して、大人の話を続けなければならない。
「私は事後処理のことを聞いているんです」
「だから、桜井に相談している。得意だろ?」
「ねえー。こんなとこで話している暇ないでしょう?」
「沈黙は肯定と受け取る。いいのだな?」
「「うるさい!」」
桜井と俺がハモる。思いは一致していたようだ。
「貴方達のための話し合いをしているの。少し静かにしてくれる?」
口調は柔らかく、表情は一見笑顔に見えるがメガネの奥の瞳は笑っていない。その大人の圧力に、問題の根源達は渋々頷いた。
貴重なドラゴンの変身シーンを配信でき、バズり必至で怨塚は晴れて成仏するかと思ったが、そもそも憑依した状態じゃないと配信できないポンコツだった。
そういうことは早く言えと抗議すると、「ドラゴンに向かって行く時に言ったけど!?」とガチギレされた。
ドラゴンはドラゴンで飴をあげたら懐いてついてきてしまった。そんな犬猫みたいなことがあるのか?それは俺が聞きたい。
まあ、全ては俺の魅力のおかげということにしよう。
「頼む、桜井!頼れるのはお前しかいないんだ」
「そんなこと言ってますけど、会社に報告するのが面倒なだけでしょう?」
俺は超一流とはいえ、サラリーマンだ。無論、最王手の清掃業者だが。清掃以外の面倒な事はあまり自分でやりたくないので、独立は考えていない。社会人になると大きい組織でしかできない事があることを痛感する。
だが、組織が大きくなればなるほど仕事の為の仕事が増える。清掃業者なのに、清掃よりもデスクワークしている方が多いんじゃないかと思う時もあった。
それがこのかわいい後輩のおかげでだいぶ改善された。け、決してパワハラじゃないぞ。新人研修時に甲斐甲斐しく面倒見て、命の危機を救った事も何度かある。なんだかんだ言って桜井も、こういう仕事が好きなはず。持ちつ持たれつだ。
「ああ」
「そこは否定してくださいよ」
やれやれと桜井が首を振ると、ポニーテールが揺れる。
「好きなんだ」
「き、急になんですか」
「だから、好きなんだ」
「あ、あの先輩ふざけてます?」
何故か桜井の顔が紅潮している。熱でもあるのか?働きすぎだな。
外野はなんでか知らんが再びいろめき立つ。怨塚はイチャイチャするなら、他所でやれ!と意味不明に喚いていた。
「そんなにおかしいこと言っているか?お前の仕事振りが好きなんだ。他の奴じゃダメなんだ」
「……デスヨネー」
桜井の顔は元の白い透き通るような色に戻り目から光が失われる。まるで人形のようだ。
「わかった、わかった。今度、晩飯奢るから」
「夜景の見えるレストランでフルコース」
「えーと、桜井さん?」
「夜景の見えるレストランでフルコース」
桜井は無機質な声、無表情で同じ言葉を繰り返す。何が彼女をそうさせているのかは分からないがシンプルに怖い。
ドラゴンが「フルコースというのは甘いのか?」と怨塚に尋ねているがツッコむ気にもなれないほど冷たい空気が流れている。
「わ、分かった。場所は任せる」
「ダメです。先輩が決めてください」
「いや、俺はそういう-」
「先輩が決めてください」
今日の桜井は異様に押しが強い。やはり、今回の件は相当厄介なんだろうか。
「な、なんとかするよ」
「指切り」
「いや、それはちょっと……」
俺が躊躇していると、桜井は小指突き出しじっと見つめてくる。
やるしかないようだ。
ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲まーす。
ドラゴンがまた、「ハリセンボンって甘いのか?」と尋ねて、怨塚は「魚だから甘くないんじゃない?」と答える。
針千本が針を千本飲むのか、魚のハリセンボンを飲むのか、議論が巻き起こるところだが今はレストランの手配をどうするのかが、喫緊の課題である。
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