第4話 甘党の最強種現る

「ねぇ、まさかとは思うんだけどさ」


 ズシンズシンと腹の奥底に効く地響きの中、怨塚は冷静さを装って俺に話しかける。


「澄川の背後から近づいてくるのってさ、頭にドがつく最強種じゃないよねぇ?まさかねー。そんなのありえないよねー。幻覚だ!あはは」


 現実を受け入れられないのか、少し錯乱気味の怨塚は婉曲的に表現するが残念ながら幻覚ではない。

 ダンジョン全体を揺らすような、自己主張が激しいこの足音は間違いなくドラゴンだ。

 彼女がいう通り、ドラゴンはモンスターの序列の中で最強の一角。一部の例外を除いて人間が敵う相手ではない。

 最下層に居ることがほとんどで、ダンジョンの主とも呼ばれる。何らかのイレギュラーで中層以上に登ってきてしまった場合、そのダンジョンは封鎖されるほどだ。


「……今回はただの定期メンテナンスはずだったんだけどな。おい、Vtuber!」


「な、なによ」


「配信の準備は万全か?ドラゴン駆除実況はきっとバズるぞ」


「あー、それはちょっと……」


「安心しろ。俺を誰だと思っている。"純潔の童貞"様だぞ!」


 それでも慌てた様子で制止する怨塚を無視して、スマホを撮影しやすそうな岩に立てかけて、超一流思考をパイルダーオンしつつ、徐に振り返りドラゴンと正面から向き合った。

 

 ドラゴンが歩みを止めて俺を品定めする。どうだ?純潔の童貞様は。カッコいいという言葉しか頭に浮かばなくなるくらい清らかで素敵だろう!もっと近くで見ていいんだぞ、ほら、ほら!

 腰に手を当てて、胸を張っていると頭の中に直接言葉が響いてきた。


『小賢しい呪詛のノイズを垂れ流し、わらわの眠りを妨げたのは貴様か?』


 ドラゴンが喋ったあああああぁぁぁぁ!!と配信用のリアクションをしようと一瞬思ったが、どうせ画面越しにはドラゴンの思念言語は届かないと思い直しやめた。

 ドラゴンが最強足りえるのは、単純な力の強さもあるが、その知能の高さに依る所が大きい。恐らく、人間より賢い。観察した範囲では、あらゆる生命体とコミュニケーションが取れている節がある。

 まあ、観察できるのは俺ぐらいだから、サンプルは少ないけどな!童貞故の苦悩!

 そんなドラゴンに問い掛けられたのだから、謙虚に答えよう。


「そうだと言っー」


 目の前に蒼い大火球が迫っていた。そうだ、と肯定した瞬間にドラゴンが放ったのだろう。"言ったらどうする?"と挑発を言い切る前に攻撃してくるとは短気な奴だ。

 怨塚の悲鳴を合図に"絶対純潔領域"の出力をあげる。


『我が純潔を侵す不浄なるもの消失すべし!!』


 右手で火球に触れた瞬間、それは跡形もなく消える。モンスターは不浄の象徴だ。無論それが放つ火球も、だ。


「ここじゃこれが歓迎のセレモニーなのか?ずいぶん手厚いな。ダンジョンの主よ」


 ドラゴンに対してこんな小洒落た台詞、俺じゃなきゃ言えないね!


『貴様、何者だ?』


 やはり知能が高く冷静だ。即座に俺を警戒対象とみなして、軽口に激昂したりしない。


「俺は超一流ダンジョン清掃員、澄川清、29歳。キングオブ童貞。"純潔の童貞"とは俺のことだ」


 求められれば、いつでもどこでも自己紹介はする。清廉潔白な俺には隠したい事は何もない。

 ドラゴンはしばらく黙り込む。何かを考えているようだが、そう見せかけて俺の偉大さにビビってるだけかもしれない。


『最近、崇高なる我らドラゴン種にちょっかいを出してくる人間がいると聞いていたが、なるほど、貴様がそうか』


「俺は掃除をしているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 ドラゴンの眼光が鋭く光る。


『ほう、妾がゴミだとでも言いたいのか?』


「そうなる可能性もあるが、そうならないことを祈る。例えば、このまま最下層に戻って二度寝してくれれば俺の仕事は減るんだけどな」


 俺は肩をすくめる。ドラゴンを掃除するとなると流石の童貞でも火球のように簡単には消せない。残業確定だし、報告書作成などの付帯業務も出てくる。いくら俺が仕事ができる超一流であっても、できれば勘弁してほしいのが本音だ。

 ただ、暴れてダンジョンを汚すとならば駆逐せねばならない。穢れをそのままにするのは俺の生き様ではない。


『眠りを妨害されて抗議したら、いいから黙って寝てろと言われてドラゴンが引き下がるとでも?』


 そうは言うものの、ドラゴンは交渉のテーブルについている事は明白だ。もし、暴れるつもりならとっくに暴れているだろう。

 俺のデモンストレーションが抑止力になっているのだ。超一流は一味違う。


「もちろん、俺もすぐに立ち去るから、もう眠りを妨げることは無いさ」


『それは大前提だ。妾は被害者なのだぞ?それなりの誠意というものがあろう?』


 要するに何かくれ、ということか。ドラゴンのくせに卑しい奴だな。まあ、色々な種族から献上品など貰っているだろうから、貰い癖がついたのだろう。この欲しがり屋さんめ!

 一応、何か探すふりだけでもしようと作業着のポケットをまさぐる。空腹を紛らわすために用意していたミルク味の飴の感触がある。


「こんなもので良ければ」

『あ、飴ちゃん!?』


 冗談のつもりで、差し出したらすごい喰いついてきた。童貞もビックリだ。


『な、何味だ?』


「ミルク」


『み、み、ミルク!?!?それは、さそがし甘いんだろうな』

 

「甘々だ」


『い、いいのか?後で返してくれと言っても返さないぞ』


「これでおとなしく最下層へ帰ってくれるなら、安いものだ」


 紛れもないの本心だ。たった20円ほどの飴玉でドラゴンが言うこときく事よりも、コスパが良い事があるなら教えてほしい。


 ドラゴンの体が光に包まれ、少しずつ収縮していく。最終的に俺より少し身長の低い女性の姿となった。

 ドラゴンは人に擬態すると伝承で聞いたことがあるが、実際に見るのは初めてだ。

 燃えるような紅い長髪がキラキラと輝いている。完璧なシンメトリーに整った顔は、どんな人間も見惚れてしまうだろう。半端ねぇ美人やで、しかしぃ!思わず、似非関西弁が出てしまうほどだ。

 年齢は人間で言えば20歳前後といった所だが、女性の見た目年齢はブービートラップがたくさんあるので、飽くまで私見という逃げを打っておこう!

 大人は上手に逃げるのだよ、覚えておきたまえ、青少年達。


 右手を差し出してきたので、強く握った。


「誰が握手を求めた?はよ、飴ちゃん寄越せ」


 なるほど、ドラゴンは人に擬態すると普通に声で喋るんだな。

 またひとつ、純潔の童貞は賢くなりました!

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