第3話 童貞にはそんな力が!?

「なるほど。怨塚は底辺ダンジョン配信者達の底辺のまま死んでいった怨念がダンジョンの効果で具現化した存在で、配信がバズるまで成仏できずに人に憑依し続ける、と」


 俺は怨塚が胡散臭いハイテンションで、画面にテロップやら、効果音やらを不断ふんだんに使って説明した内容を復唱する。

 俺にとってのリスクがほぼ無いと脳が判定し、思考は通常運転に戻っていた。


「そうよ。そして、次に憑依されるのはお前よ!恐れ慄きなさいぃ、童貞野郎ぉ」


 そんな父性をくすぐる声色で言われたら、どんなに怖いものでも怖く無くなる。


「そんなに褒めるなよ」


「ふぇ?褒める?」


 俺の返答があまり予想外だったのか、怨塚は鳩が豆鉄砲を喰らった顔をしている。……豆鉄砲、見た事ないけどな。


「童貞は褒め言葉だろ?」


「……いいえ、ちがうと思います」


 俺が至極当たり前の常識を語っているのに、怨塚は真顔で畏まった否定をしてくる。なんだ、Vtuberっていうのは、何も知らないんだな。


「あっそうか。童貞の意味が分からないのか。いいか、性交渉をー」

「それは分かるよ!真面目な顔で童貞の解説しないでくれる?そういうチャンネルじゃないの」


 せっかく、丁寧に教えてやろうと思ったら途中で遮られた。意味が分かっているのに、なぜ褒め言葉だと思わないのか。


「じゃあ、どういう意図で俺に童貞野郎と言ったんだ?教えてくれ」


「ごめん、悪かったよぉ。そんなに詰めないでよ」


「いや、謝罪は不要だ。単純に知りたい。何故、童貞が褒め言葉じゃないのか。頼む、教えてくれ!」


 俺はスマホに向かって深々と頭を下げた。顔を上げた時、怨塚は得体の知れないものを見る恐怖の表情を浮かべていた。これでは、俺の方が怨霊みたいではないか。

 

「……そんなに知りたいなら教えてあげるけどさ、童貞ってことはモテないってことでしょ。他人からお前モテないだろって言われるのは屈辱的じゃない?」


「いや、まったく」


 怨塚が何を言っているのか、本当に理解できなかった。俺にとって性交渉は穢れでしかない。愛の結晶とか、子孫を残すとか、生物として自然な行動だとか、多様な言葉で誤魔化すが、その行為の汚らわしさを俺は受け入れない。

 そして、童貞であるということはその穢れから無縁であり、清いということであるのでほまれであると思う。

 世の中には本来は純潔、童貞で無ければ就けない職やくらいはあるが、逆は無い事がその証明だ。

 だから、俺は生涯童貞であることを誓約したのだ。その選択にまったく後悔はないし、それで異性に好かれないのだとしても、何も問題はない。

 

「強がりはいいからぁ」


 何故か怨塚は半笑いだ。


 俺は知っている。自分の正しさを頑なに信じている人間の考えを変えるのは、砂漠を森林に変えるほどの途方も無い労力を要するし大抵失敗する、と。ひどい場合、逆恨みされる可能性もあるので、そういう時の選択肢を一択。

 笑って誤魔化す。

 大袈裟に声をあげて笑って見せた。


「な、何。怒ったの?」


「そんなことより、いつ憑依は完了するんだ?」


 俺は面倒なことになる前に話を本筋に戻す。断っておくが、別に早く憑依してもらいたいわけではない。


 怨塚は眉根を寄せて答える。


「あー、それが、ちょいと調子が悪いんだよねぇ。澄川、状態異常防止系のアイテムとか持ってるんじゃない?」


 予想通りの返答にすこし悪戯心が湧いた。


「まさか、お前の力はアイテム如きで阻まれてしまうのか?まあ、アイテム持っていないな」


「バ、バカにするなよお!例えアイテムがあっても多少時間がかかるくらいだもん!ま、まあ、清掃員如きがそんなにレアなアイテム持っているわけないよねぇ」


 怨塚に煽り耐性は無いようだ。狼狽した様子で必死に煽り返してくる。ただ、その手の蔑みは毎日のように受けているので、挨拶みたいなものだ。

 ダンジョン清掃員の世間のイメージは、3K。きつい(kitsui)、汚い(kitanai)、危険(kiken)だ。

 それはある意味正しい。一般人や並以下の実力でダンジョンに挑む者が清掃員に限って言えばそうなのだろう。

 何度も言うが俺は超一流。世界に4人しかいないマスタークラスの清掃員だ。

 マスタークラスが業務に当たるのは、常に最下層付近だ。そもそも会うことが難しい。

 ただ俺はキレイ好きなので、最下層に向かう途中で清掃対象を見つけると、どうしても掃除してしまう。

 今回もそうだ。そして、面倒なことに巻き込まれている。これは、桜井に叱られるな。『言わんこっちゃない!先輩は先輩にしかできないことしてくださいよ。雑事は私がやりますから!』

とか言っているのが容易に思い浮かぶ。


「ちょ、ちょっと黙らないでよぉ。気分害したなら謝るから」


 考え込んでいたらしい。怨塚が涙目で訴えてくる。


「いやぁ、あまりにテンプレの煽りでびっくりしたんだ。俺はあまり詳しくないんだが、それでバズるものなのか?」


 怨塚に雷に打たれるエフェクトが入る。どうやら核心をついてしまったらしい。


「き、気にしていることをズケズケとぉ。これだから、童貞はぁ!」


「おっ正解」


「また、始まった!?勝手に自分の中でクイズ始めて、唐突に判定するのやめてくれますぅ。迷惑なんですけどもぉ」


「いや、憑依が完了しない理由だよ。俺が童貞だから」


「え、えーと?」


「もう少し正確に言うと、俺があるダンジョンでお前と同じような自称神に一生純潔を誓ったら、"絶対純潔領域"っていうユニークスキルをくれんたんだよ。俺が童貞でいる限り、あらゆる不浄が俺に触れることはできないんだ」


「なんじゃそりぁああああああ」


 さっきよりも大きな木霊。

 不穏な気配が近づいてくる。


 ダンジョンで騒いではいけない。

 ビギナーだって知っている常識だ。



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