第11話

 夏休みが始まった。

 午前九時を指す時計を見ても何一つ焦る理由がない。なんと素晴らしい朝なのだろうか。

 悠々と起き上がった俺は、スマホを片手に自室を出る。


「朝飯は……いや、もう昼と一緒でいいか」


 俺の部屋は家の二階にあるため、リビングへ向かうべく階段を下りていく。

 リビングの扉の前に立った俺は、あることに気づく。


「……電気点いてやがる」


 なんとなく察しはついた。

 俺がリビングに入ると、結衣がソファで寛いでいるのが目に入った。


「……おはよう」

「あ、ひろくんおはよ。夏休み初日から遅いねぇ」

「それよりお前来るのが早すぎるだろ」

「えー? 八時くらいにしか着いてないよ」


 八時て……思いっきり朝だよそれ。

 それに結衣は部屋着姿である。

 わざわざ着替えて家を出て、それからまたここで着替えたのだろう。


「ま、別にいつ来てもいいけどな。どうせ俺しかいないし」

「泊まるのはどうかな?」

「却下」

「えー、なんで?」


 常識的になくないか? 年頃の女の子が付き合ってもいない男の家に泊まるの。

 ……まあ毎日のように入り浸って寛いでるこの状況も既におかしいけどさ。


「俺は気にすることないけどな、和弥さんたちは流石に気にするだろ」


 和弥さんというのは結衣の父親のことである。

 真面目で優しそうな感じの人だ。


「お父さんとお母さんからはOKもらってるよ?」


 そう言って結衣はスマホをこちらに向けてくる。

 メッセージアプリが起動されたスマホの画面左上には和弥の文字、メッセージ欄にはOKというスタンプが表示されていた。


「そんな簡単に男の家に泊まらせていいのかよ……」

「ひろくんなら大丈夫だって」

「それは喜ぶべきなのか……?」


 きっと信頼されてるんだろうけど……暗にヘタレだと言われているような気がする。合ってるけど。


「というわけだから、いいよね?」

「いやぁ、その……」

「……ダメかな?」


 俺が言い淀むと、不安げにこちらを見上げる結衣。

 ……それはちょっと反則じゃないか?


「はぁ、わかったよ。夏休みの間だけな?」

「やった、ありがと!」


 結局承諾してしまった……。

 まあ別に困ることもないか、起きた時にいるんなら泊まってようがなかろうが関係ないしな。






 それから二人ともリビングでダラダラと過ごし、昼になった。


「俺そろそろ飯食うけど、結衣はどうすんの?」

「一緒に食べたいなー」

「はいよ、焼きそばでいいか? ちょうど袋麺あるし」

「おまかせしますっ」


 そもそも朝食を食べていないので、結構空腹だ。

 さっさと作ってしまえる焼きそばをチョイスした。


「何か手伝うことあるかな?」

「結衣くん、君が料理においてできる最も大きな手伝いが何かわかるかね?」

「……わかりません!」

「答えは何もしないことだッ!」


 結衣の料理センスのなさは奇跡といっていい。

 前に炒め物を混ぜておくように頼んでからトイレに行って戻ってきたら、炒め物がぶちまけられて半分になっていた。

 他にもステーキを焦がしたり、包丁で指がボロボロになったりと散々である。


「そのうち教えてやらんこともないから、とりあえず大人しくしておいてくれ……」

「はーい」


 結衣の気持ちだけ受け取った俺は、手早く焼きそばを焼いていく。

 しかし、基本的になんでも上手くこなすのに、どうしてここまで料理下手なのかは謎である。


「よし、できたぞ」

「わぁ、おいしそう」

「適当に肉と野菜炒めて麺入れただけなんだけどな」


 俺は別に特別料理が得意というわけではない。

 一人暮らしをするにあたって必要だから身に着けた程度のものだし、簡単なものが多い。

 結衣ができないのは……まあ置いておこう。


「じゃあ食うか」

「うん」

「「いただきます」」


 二人揃って手を合わせてから、焼きそばを食べはじめる。


「うん、おいしい!」


 ただの市販の焼きそばだし味も普通だが、結衣は幸せそうに食べている。


「そんなにうまいか? いやそりゃまともな味だとは思うけど」

「二人で食べるからおいしいの!」

「……そうか。それもそうだな」


 こうして二人で食事をすることで、結衣が喜んでくれている。

 そう思うと、確かにただの焼きそばが普段より美味しく感じた。

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