第12話

 夏休みに入ってから一週間が過ぎた。

 俺が近所のスーパーで買い物をしていると、後ろから声をかけられる。


「裕樹さん、こんにちは」

「ん? ああ、葵ちゃんか。こんにちは」


 振り返ると、黒髪ロングのすらりとした美少女が、買い物カゴを片手に立っていた。身長は結衣より高く、160cmはあると思われる。


「最近裕樹さんがうちに来ないので、結構久しぶりですね」

「まあね……暑いからあんまり出かけたくないんだよ」


 俺が目の前の黒髪美少女の家に行ったことがあるかのような会話だが、何もおかしなことはない。

 彼女の名前は影沢かげさわあおい。智輝の二歳下の妹である。

 とても中三とは思えないほど大人びた雰囲気で、智輝と並んでもどちらが上かわからない。


「それもそうですね、兄さんもずっと家にいますし」

「ああ、夜なんかずっと俺とゲームしてるからなぁ」

「ふふっ、部屋から叫び声が聞こえると思ったら、通話相手は裕樹さんだったんですね」

「それは多分対戦相手にキレてる声だな……」


 クスリと微笑みながら話す葵ちゃん。

 智輝の妹というだけあって、非常に整った顔立ちをしている。どちらかというと美人系だ。

 さらに、顔だけイケメンの智輝と違って身だしなみもきちんとしているため、そんな仕草も非常に似合っている。

 当然のようにかなりモテるようなのだが、告白した人は例外なく一瞬でフラれているらしい。


 ……影沢智輝、見た目や隠れ人気に留まらず、美少女の妹持ちというラブコメ主人公要素をも持つ恐ろしい男である。


「そういえば、葵ちゃんは来週の花火大会行くの?」

「はい、同級生の友達と一緒に行くつもりです。そうでなくても兄さんに連れていかれると思いますけど」


 苦笑しながら言う葵ちゃん。

 智輝は若干シスコンの気があり、度々葵ちゃんを連れまわしている。


「なんというか……智輝に捕まらずに済んでよかったね」

「私は兄さんについていくのが嫌というわけではないですよ。兄さんのことは嫌いじゃないですし、裕樹さんや結衣さんと回るのも楽しそうですから」


 これ、智輝が聞いたらめちゃくちゃ喜ぶだろうなぁ……などと思っていると、葵ちゃんが何かを思い出したようにカゴを見る。


「あっ、アイスを買ってるんでした! 早くしないと溶けてしまいます……」

「おっと、ちょっと話し過ぎたか。じゃあ、またね」

「はい、また遊びに来てくださいね」

「気が向いたらね」


 足早にレジへ向かっていく葵ちゃんを見送り、それから残りの買い物を済ませた。






 夏の強烈な夕日を乗り越えて家に戻ると、いつも通り結衣がソファで寛いでいた。


「ただいま……あっちぃ」

「あ、おかえりー」

「おうおう冷房の効いた部屋で快適そうですなあ」


 すっかり俺の家に馴染んでしまった結衣。現在夏休み連続訪問記録を更新中である。

 俺は買ってきたものを冷蔵庫や棚にしまっていく。


「今日の晩飯はカレーだけど、どうする?」

「食べます!」


 カレールウを見せながら俺が問うと、結衣は迷う素振りすら見せずに即答した。

 晩飯までいるのを許可してからというもの、毎日ここで食べるようになっている。

 俺も結衣もこれといって特に好き嫌いはなく、メニューに支障は出ないため問題ないが。


「そういや、今日スーパーで葵ちゃんに会ったよ」

「ほんと? じゃあ私も行けばよかったなぁ」

「いや、買い物の最中にちょっと話しただけだぞ」

「最近葵ちゃん成分が不足してるからちょっとでも会いたいんですぅ」


 本当に少し話しただけなのだが、結衣はそれでも会いたかったらしい。

 二人はかなり仲が良く、たまに一緒に買い物に行ったりしている。

 以前「妹みたいに思ってる」と言っていたが、正直葵ちゃんの方が姉っぽいというのは内緒である。

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