転ばぬ先のラブレター

筋肉痛

本編

 頬に冷たさを感じて、ふと気が付いた。

 僕は泣いていたらしい。ほんの気まぐれで書いてみた手紙だけど、やっぱり君は僕にとって言葉にできないほど大切な存在みたいだ。

 それが確認できて今度はニヤニヤとしてしまう。君が見たら「怖いよ、情緒不安定なの?」って苦笑いするかな。

 そんな想像をしながら書き上げた手紙を僕は読み返した。


 "君に手紙を書くのは久しぶりだね。初めて書いたのは告白した時だったよね。花束と一緒に一言書いたメッセージカードを渡しただけだけど、すごく喜んでくれて嬉しかった。死ぬほどドキドキしたんだけどね。笑

 それから記念日に花束と手紙を渡すことが恒例になったね。あと、好きなところを毎回一個ずつ増やして言っていくのも定番だった。もちろん、好きの気持ちは無限大だからいくらでも言えるかと思ったけど、具体的に好きなところをあげるのって語彙と文才が必要だと痛感したよ。笑

 結婚してから手紙はあんまり書かなくなったけど、たまに君からもらえるメモ書き程度の置き手紙に幸せを感じていたよ。ああ、一緒に生きているんだなぁって。

 育児は大変だったよね。僕も貢献しているつもりだったけど君がいなくなってから思い知ったよ。自分が育てるんだって意識が圧倒的に足りなかったって。

 君は優しいからそんな僕にも一度も怒ったことは無かったよね。今頃は天使に生まれ変わっているのかな。多分これから僕は子育てで行き詰まることがあると思うから、天からさり気無く助けてね。笑

 駄目だ。書いていると君が居ないことを思い出してどうしようもなくなる。

 好きとか愛してるだけなら、まだ忘れることが出来たかもしれない。だけど君はもう僕の一部になっていたから、今でもときどき自分が自分じゃないように思って呆然としちゃうときがある。

 ただ安心して。そんな時は娘が手を引いて僕を取り戻してくれるんだ。君ほどではないけど彼女もなかなかいい女だよ。まあ、僕らの娘なんだから当たり前だよね。笑

 まあ、そんなわけで僕はなんとか幸せだよ。圧倒的に君由来の成分が足りないけど、なんとかね。

 この手紙を君が読めるのかどうかは分からないけど、僕が書きたいからまた書くね。今度は娘に彼氏ができた時かな。"


 窓から朝日が差して目が覚める。どうやら感極まりすぎて机に突っ伏して寝てしまったらしい。

 固まってしまった筋肉を伸びをしてほぐすと、異変に気づく。書いていた手紙がない。まさか天国に届いたのか!?


「勝手に女房を殺さないでくれる?」


 背中から声を掛けられた。椅子を回転させて振り返ると妻が立っていた。昨夜書き上げた手紙を持ちヒラヒラと読みましたアピールをしている。

 彼女は幽霊でも幻影でもなく正真正銘の僕の奥さんだ。彼女はとても元気に生きている。


「失って気づくという愚行を犯さないためにちょっと想像してみたんだ」


 僕はこんな手紙を書いた理由を素直に話す。


「で、想像してみてどうだった?」


 僕は徐に立ち上がると小首を傾げた彼女を強く抱きしめた。


「愛してる。……ゴミ捨ててくるね」


 人はいずれ死ぬ。いずれは明日かもしれない。言葉で手紙で行動で、伝えられる時に愛は伝えないとね。


 ゴミ捨てだって愛の形。

 

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